ルナ、そして

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ルナ、そして

H.A.N.Sの進む先には噴石が転がる道が続く。ヨースが荷物を持つ私を背中に乗せると、ゆっくりと歩き始める。叔父も少し遅れてついてきた。 「H.A.N.Sはどうするつもりかね」 私は首を横に振る。分からない。しかし、予想はつくのだ。おそらく彼は、アルネ=サクヌッセンムの辿った道を歩こうとしている。 『初夏以前にスカルタリスの影がかすめるスネッフェルスのヨクルの噴火口に降りよ』 つまり、我々はスネッフェルスの噴火口に向かって歩いているのだ。草をかき分けて噴石の下をよく見てみると、足元の地面がタイルのようなもので敷き詰められている。ここは、過去の地球人類が観光や流通などで発展させた場所なのだろう。なんだか不思議な空気が漂っている。そんな気がした。 しばらく歩き続けたので、私はヨースから降りて叔父を彼の背に乗せた。左手が無いだけでこんなにも歩きにくいのか。私はバランスがとりにくい人間の体に不自由さを感じながらも、しっかりと大地を踏みしめ死火山を登る。 途中、喉が渇いたので休憩をすることになった。H.A.N.Sが我々を座らせると、左手で水の入ったカップを持ちコーヒーの粉を入れた。ホットコーヒーの出来上がりだ。そこに彼は野草を加えた。爽やかな香りが辺りに広がる。 「ふむ、ミントコーヒーか。久しぶりに見たぞ」 なるほど、ミント。繁殖力が旺盛な雑草らしいのだが、どのような味なのだろうか。私はミントを指で摘むと、先を少し噛んでみた。 「ああっ!」 鼻に抜ける香りの衝撃に、思わず声を上げる。なんだか体が冷えた気がした。コーヒーをすすると、ほっと一息ついた。苦味と爽やかな味が癖になりそうだ。一気にミントコーヒーを飲み干すと、叔父を見た。彼はカップを手に持ち水面を見つめていた。 「叔父さんは飲まないんですか?冷えてしまいますよ」 ヨースが喉を鳴らしながらすり寄ってくるのを制しつつ、私が言った。叔父はマスクをずらし、重い口を開いた。 「兄も確かミントコーヒーが好きだった。H.A.N.S、お前は一体……」 H.A.N.Sは、ただ頷く。その様子を見た叔父は視線を逸らしてコーヒーを飲むと一言、「私はあまり好きではないが」と呟いた。 暫しのコーヒーブレイクの後、H.A.N.Sを先頭にまた歩き始めた。飲んだ後の運動で横腹が痛むが、仕方がないだろう。今まであまり行動を起こさなかったH.A.N.Sが自ら動いたのだから、最後まで付き合おう。惑星バルケニアの時のようなことはもう起こらないだろうから、と思いながらも信じきれぬ自分がいた。 日が暮れた。ひらけた空に月が昇りつつある。そう、我々はついに山頂に到着したのだ。山々は美しい月に照らされ、影が伸びる。 (ああ、私たちは地球(テラ)に立ち、月(ルナ)を眺めているのだな)と、心に深く感じた。父、ハンスも共に見たかっただろう。夜空がなんだか眩しくて、私は涙を滲ませた。 「さあ、H.A.N.S。アルネ=サクヌッセンムの記した世界へ繋がる穴はどれなのかね」 H.A.N.Sの指先には、ぽっかりと広がる大きな穴。ランタンをかざしてみるが、底が見えない。私はぞっとした。暗闇の中、安全紐も無くこの穴を降りるなど無謀である!ヨースが青ざめた顔の私を背に乗せると、「にゃう」とH.A.N.Sに向かって一声かけた。 (まさか)と、私は思った。そう、まさかである。ヨースは、まるで荷物を背負う私が乗っていないかのように、噴火口の淵から飛び降りたのだ!正確に言うと、岩場から岩場に飛び移りながら降りていった。今にも振り落とされそうな私は必死に彼にしがみついた!ベルトに装着した小型のランタンが千切れかける程の速さだったのだ!思わず目を瞑っていたので、噴火口の底に辿り着いたことに気付いたのは、叔父とH.A.N.Sが地響きを立てて着地した時である。 地球の中心に辿り着いたのではないのだろうか。そう思い、周りを見渡す。我々の背に、何者かが整備したような横穴が見つかった。地球人類が遺したものなのだろうか。それにしてはとても状態が良い気がする。叔父に訊いてみると、彼も同じことを考えていたようだ。しかし、H.A.N.Sが先へ先へと進むので、急いでついていった。 横穴は想像以上に整えられた道になっていた。地面のところどころにイカロス文字のプレートが埋められている。誰かの名前だろうか。 「ジェームズ・メイソン、カーク・ダグラス……」 私が数個読み上げるが、これといった共通点を見出せなかった。先に進む叔父たちを追い、私は駆け出した。
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