オートマタH.A.N.S

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オートマタH.A.N.S

書斎の扉を開けると、そこは博物館だった。毎日のように通っている部屋だが、年々狭くなっている。壁には地球の動物の剥製や、旧式のロボットであるアンドロイドの抜け殻、闇市で偶然見つけた地球の貴重な鉱石など、肩身が狭そうに並べられている。 私は幼い頃からこの部屋で遊んでいた。同い年の友達がいないのもあるが、動物の剥製やアンドロイドの抜け殻で空想を膨らませるのが楽しかったのだ。貴重な『絵本』という幼児向けの『本』も読ませてもらっていたし、叔父は気難しい以外はそれはもう素晴らしい人間であるのだ。 部屋に足を踏み入れた私は、旧オレニアン製のビロードが張られた安楽椅子に腰掛け、圧縮チップを片手に「素晴らしい、素晴らしいぞ!」と感嘆を漏らす叔父に思わず目をやった。 圧縮チップというのは、三次元物体をチップ内部にデータとして圧縮し、持ち運ぶことのできる便利な道具である。新品の一枚の価値はとても高いのだが、叔父が手にしているのは相当前の旧式チップらしい。普通ならば値はつかないだろう。確かに叔父はヴィンテージ品や地球品には目がないのだが、それにしても見るからに古く使い勝手が悪そうなので何か理由があるだろうと思った。 「叔父さん、その圧縮チップはどこで見つけたのですか?」 叔父は声色を変えてこちらを見やった。 「アクセル、お前にはただの圧縮チップにしか見えないのか?まあ、良いだろう。これはな、ヨルクのへヴェリウスの店をあさって見つけたたいへんな宝なのだ。」 「すばらしいですね!それでは、この部屋のコレクションも圧縮してしまうのですね」私は残念そうに言葉を漏らした。 いくら旧式の圧縮チップであっても、この部屋のコレクション全部をまとめて保存はできるだろう。しかし叔父はペストマスクで隠れた顔をしかめる。 「これらをまとめて圧縮するだって?そんな危険なことをするわけがないだろう。どんな形のものであろうと、中身が重要なのだよ」 チップの復元スイッチを押すと、一瞬で大量の空気が排出された。立っていられないほどの激しい風が書斎を包む。巻き上げられた埃で視界を遮られ、思わず扉を大きく開いて咳き込むと、背後に地響きが轟いた。咳をやっとの思いで飲み込むと振り向く。 そこには、凛々しく立つロボットがいた。その脚は四つあり、どれも四角柱で、見るからに強そうな見た目をしている。眼は一つで、薄っすら青白く光っている。髪のような毛を後頭部にふさふさと生やし、頭の側面にも飾り毛のようなものが腰まで伸びている。腕は無いのだろうか、隠れているのか、首や肩には布が飾り付けられていた。 「これはロボットでもなく、アンドロイドでもありませんね」私が機械に見とれていると、叔父が声をかける。「彼は地球のロボットだ。つまり、『オートマタ』にあたる機械だろう」 オートマタ。遥か昔の機械仕掛けの人形が語源である。人間よりも大型のものが多く、形は二足歩行から程遠いらしい。幼い頃に叔父から教えてもらったものだ。その実物をまさか見ることができるなんて、叔父も思っていなかっただろう。 (なるほど、確かに機嫌が変わるだろうな)と、私は考えた。 「さあ、君の名前を聞かせてくれ!」 叔父は、オートマタに向かって腕を広げた。 「……」 オートマタは口を開かなかった。口にあたる部位が無いからなのか、発声回路が無いからなのか、それとも意味が伝わらなかったのか。叔父と私は頭を捻った。その後、イカロス語やフランカ語、エンテリガ語、特殊言語エスペランティス語でも話しかけてみたが、叔父が苛立ちを見せるようになったのは想像にかた()くないだろう。 私は諦めかけ、作りかけのスープを温め直そうと階段を降りようとした時であった。 「High.Automata.Navigation.System.H.A.N.S」 オートマタから電子音声が流れたのだ。 「ハンス?父の名と同じですね、叔父さん」と、私は叔父の方を見たが、彼はオートマタH.A.N.Sに夢中だった。 おそらく、H.A.N.Sはかなりの旧式であるために反応までの時間、タイムラグが長いのだろうと考えられる。それは、せっかちな叔父と相反する存在であるとしか言いようがなかった。 叔父は昔、手に入れた植物、ハルガオの種を土に植えたかと思うと、生えた葉を毎朝引っ張って早く伸ばそうとしていたのだ。自然の営みよりもせっかちであり、ましてや旧式のオートマタ相手では難しいだろうと、私は考えた。 「うむ、H.A.N.S。君は一体どこから来たんだね?」叔父はまた質問を投げかけるが、H.A.N.Sはしばらく黙っていた。 (大変なことになるぞ)と、私は思い、急いでスープを温めに階段を駆け降りた。
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