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記憶への旅
現代科学において記憶というものは、金さえあればいとも簡単に変えることのできる、尊いが儚いものとして有名なものの一つである。
しかし、旧式のオートマタにもなると、記憶を消し去るか上書きをするという単純なものでしかない。その記憶を、リデンブロック教授は辿ろうというのである。私は不可能であると考えるが、叔父ならばこの偉業を成し遂げることもできるかもしれない、とも思っていたのだ。
リデンブロック教授曰く、地球に近い環境の星々を巡れば、記憶は徐々に戻るであろう、と。なるほど、たしかに記憶喪失の星人の記憶治療にも使われる方法だ。一理あるだろう。地球の記憶を時間の経過ではなく、行動によって取り戻そうということだ。せっかちな叔父にはとても合理的な方法だ。
「しかし、その旅行資金はどうするのですか?銀河鉄道や遊覧星船に乗っての旅では、お金がいくらあっても足りません。それに、まず時間がかかります」
いくら憧れていた地球への手がかりを得ていたとしても、資金面に難がある。これは変えられない事実だ。しかし、叔父はマスクをずらし、露出した口角を上げ、それをこちらへ向けた。
「なに、ポート・アロナクスに行けば良いのだ。あそこに私たち兄弟は、あるものを幼い頃から隠している」
(まさか)と、私は思った。その予感は後々当たるのだが、当時は(そんなことあるはずがない)とも思っていたのだ。
「その旅に私も連れて行ってください!」と、グラウベンは一気にスープを平らげると、立ち上がった。そう、これは食事中の会話である。私はとっくにデザートに手を伸ばしていたし、叔父はサローンの頬肉をガツガツと頬張っていた。オートマタH.A.N.Sは何も食べなかったのでそのまま立ってもらっているのだが。
叔父は肉を胃に流し込むと、大声で言い放った。
「だめだ!年頃の娘を危険な目に遭わせるとでも思っているのか!そもそもグラウベン、お前には学校があるだろう」
しかし、地球への憧れを抱いているのはリデンブロック教授と私だけではない。幼い頃から話を聞いて育ったグラウベンもまた、そうなのだ。ただ、この旅は過酷で危険も伴うかもしれない。観光ではないのだから、帰ってこれないかもしれない。そもそも、地球に行くまでたどり着けないかもしれない。私は暫く考えて言った。「叔父さん、グラウベンも地球に行きたいのです。ですから、彼にホログラムキネトスコープを取り付けて繋げるようにすれば
彼女を安全に地球へ送れるのです」
もちろん、愛する彼女にそばにいてほしい。彼女のためなら、苦手な高所でも乗り越えてみせられるだろう。だが、愛しているからこそ、安全な場所にいてほしい。そう思うのは、私だけではないはずだ。
「アフィステ ト セ メナ」
H.A.N.Sはグラウベンを見つめて、瞬きするように遮光レンズを開閉すると、そう言った。
「ふむ、彼は『任せてくれ』と言っている。どうだ、グラウベン」
彼女は、止めていたスプーンをデザートに伸ばし、「分かったわ。ただ、無事に帰ってきたら次は私も連れて行ってくださいね」と、叔父に微笑み、シュラムプラムの砂糖煮を一口頬張った。
「とても美味しいわ。ね、アクセル」私には少し悲しげな微笑みを見せた。その言葉に、私は「ありがとう、グラウベン」としか返せなかった。
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