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ホログラムキネトスコープ
叔父が冷えた床で、大きないびきをたて、時折何かを呟いては深く息を吐く。どんなに息苦しそうでも、眠る時でも、頑なにペストマスクは外さないのだ。その理由を尋ねたことはないが、深い事情があるのだろう。
そう、私は未だ眠れずに床に転がっている。空調設備は整っているのだが、少し体が冷えてきた。小さく丸まり身を震わすと、H.A.N.Sは自身のボディに巻いていた少し古びた布を、横たわる私にかけた。埃っぽさはあるが、柔らかく滑らかな触り心地である。その柔らかさを感じ取ったのか、ヨースは私の上、つまり布の上に体を丸めて満足げに「にゃあ」と鳴いた。
H.A.N.Sに「ありがとう」と伝えると、静かに頷く。すると、下げた頭部にホログラムキネトスコープのチップが青く光っていることに気がつく。
「グラウベンからの通信だ!」
はっと我にかえった私は、叔父を起こさないように口を手で塞ぎ、布を肩にかけるとH.A.N.Sとヨースを連れ、急いで宇宙船ノーティラスの外に出た。
宙には星が浮かび、私たちが次に目指す惑星アクアも北西に輝いている。満点の星宙の下、私はホログラムキネトスコープの通信パネルを押した。
「やあ、グラウベン」と、H.A.N.Sの頭上に現れた擬似立体映像、ホログラムに声をかける。ぐにゃりと映像が歪むと、次の瞬間、グラウベンの美しい顔を立体的に映し出した。会えない日が続くことはよくあったが、今日ほど会いたいと思った日は無い。旅の初日とはいえ、様々な発見と驚きで心身ともにくたびれていた。
「あら、お疲れね。もしかしてそっちは夜だったかしら」と、グラウベンは申し訳なさそうに言うので「大丈夫だよ」と声をかけた。
「ほら、見てごらん。惑星ヨウスドの星宙だ」
H.A.N.Sはホログラムのグラウベンの様子が分かるのか、彼女と同じように星宙を見上げた。
「ハウラベンの宙よりも澄んで綺麗ね!バルケニアもアクアも輝いてるわ」
彼女は大きな瞳をさらに大きく輝かせ、興味深そうに眺めている。その様子は、とてもリデンブロック教授に似ていた。(なるほど、流石親子だ)と感心していると、ヨースが私の頭の上によじ登り、「にゃあにゃあ」と鳴いた。
「まあ!とても可愛いジャネックね。どうして一緒にいるの?」
「ヨースって名前を付けたんだ。群れをガゼラに襲われてひとりぼっちになっていたから、H.A.N.Sが保護したんだよ」
その言葉を聞いたH.A.N.Sは、私の頭上のヨースに指を伸ばし、彼の頭を撫でた。
「あなたはやっぱり優しいオートマタね。ああ、私も撫でてみたいわ!きっと、柔らかくてふかふかしているのでしょうね」
「安心して、グラウベン。必ず君のもとへ帰ってくるからね。もちろん、地球の座標を突き止めてから」胸を張り、笑顔を彼女に向けると彼女も微笑んだ。
今日の出来事を彼女に伝えると、「その場にいたかったわ」と残念そうに肩を落とした。
「でも、ヨウスドを少しでも見られて良かったわ。アクアには私も旅に参加させてもらえるかしら?お休みを貰えたの」
その言葉を聞いて、私はすぐに「ああ、もちろんだとも!」と答えた。君が隣にいてくれたら私はどんなことでも乗り越えられるだろう!たとえ雷に撃たれても、底のない海に沈もうとも、彼女のためならば生き抜いてみせる!声には出せないが、心の底から信じている。
「良かったわ!じゃあ、ヨウスド時間の朝にまた通信するわね。おやすみなさい、アクセル。良い夢を」
「ありがとう、グラウベン」
通信を切ると、眠気が全身を包む。大きなあくびを二回ほどすると、そこから先の記憶を失った。
突風で目を覚ます。あたりを見まわすと、どうやら船内に戻っていたらしい。扉の横には叔父が立ち、足を踏み鳴らしていた。
「おはようございます、叔父さん」
寝ぼけ眼で体に巻かれた布を解くと、H.A.N.Sがそれを受け取り自身のボディに巻き直した。彼が船内に運んでくれたのか。
「H.A.N.S、ありがとう」と感謝を伝えると、彼は「ヤー」と応えた。
「にゃあにゃあ」と物欲しそうに甘えた声で鳴くヨースにふやかした干し肉を与え、私たちはコーヒーを飲む。彼女の通信を待ちながら、次の星、惑星アクアへ思いを馳せていた。
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