冷たいラブドール

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冷凍庫から出したての少女は、今日の日差しに晒された男の体をじんわりと冷やしていく。 「あ~、生き返る~」 緩めたネクタイを首に巻き付けたままの男は少女を抱きしめ、冷凍庫の前に座り込んだ。 「ただいまアリサ」 男が優しく髪を撫でると、パラパラと霜が床に散らばった。 腕は力なくダラリと垂れている。 今日も契約をとるために街を歩き続けた。 けどどれだけ頑張ったって、世間は冷たいだけだった。 好きになった女にも二ヶ月前にこっぴどくフラれた。 俺はこのまま一生独りなんだろうか。 荒みきった男の心にある時ふとひとつの考えが浮かんだ。 もういっそのことラブドールでも所有してしまおうか。 暑い猛暑に疲れた心と体を癒してくれる存在。 自分には十分すぎるじゃないか。 ラブドールは冷凍庫の中でじっと自分のことを待っていてくれる。 この子のためだけに大きな冷凍庫も買った。 毎日使っているうちに随分いたんできたが、愛着が薄れることはなかった。 決して言葉を話すことはない。 けれど、冷たく罵られるよりよっぽどいい。 自分にはもうこの抱き枕しかいない。 男はアリサを愛していた。 ずっと撫でていた髪はしなやかさを取り戻し、しっとりと濡れそぼっている。 穏やかだった男の掌に力がこもり、再び熱が帯び始める。 「好きだよ、アリサ」 男は息を荒らげたままアリサの顔を両手で包み込んで、自分の方へと乱暴に引き寄せた。 唇を重ねようとした寸前で男は動きを止めた。 吸い付くようにアリサの顔を覗きこむ。 男はひとりでおかしそうに笑った。 「アリサ、最近涎が酷いね。それに鼻水も」 ドロドロとした体液が男の指に垂れた。 「それでも俺は、二ヶ月前の君より今のほうが好きだよ」 指の臭いを嗅いだ男は顔をしかめて、また笑った。
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