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どれぐらいの時間が経っただろうか。陸奥未来はゆっくりと目を開けながら、眠りに落ちる直前のことを思い返していた。氷室との通話中、容体が悪くなって寝込んでしまった。その後しばらくして持ち直したところ、氷室が自宅に現れた。父が未来を無理やり冷凍しようとしているから、助けに来た、このままどこかへ身を隠そう、と……。
そこまで記憶を辿って、未来は違和感を覚えた。ここはどこ?この、青白い天井は?
さっと悪寒が走り、未来は飛び起きようとし……頭をガラスにぶつけた。寝台の上半分が湾曲したガラスで覆われていた。何かに閉じ込められている。そう、これはまるで……。
「冷凍睡眠装置の寝心地はどうだい、未来」
氷室はガラスの上から装置の中を覗き込んだ。
「一成!?どういうことなの、これは……!」
「ごめん。こうするしか、なかった」
「私を騙したの!?ひどい、ひどすぎるよ!お父さんとグルになって!」
「結果的には、君を騙したも同然だ。ただ、グルではない。見てごらん」
「え……!?」
氷室が指さした先を見て、未来は自分が悪夢を見ているに違いない、そうきっとこれは夢なんだと思った。
未来が寝ている隣にもう一台装置があり、そこに横たわっていたのは、他でもない、彼女の父だった。必死の形相でガラスを叩き、「ここから出せ!」と喚いている。
「お父さんが、どうしてここに……」
「君一人だけでは寂しいだろうから、社長は僕に会社の経営権を譲り、自ら娘とともに眠りにつくことを選んだんだ」
平然と嘯く氷室に対し、社長は「ふざけたことを言うな」と更にガラスを強く叩くが、氷室は気にも留めない。
「しかも、夫婦用に開発した装置の被験者になってくださるとのことだ」
未来には目の前の男が、数年間愛し合ってきた恋人には見えなかった。親子ともども無理やり冷凍しようとする、そう、
「悪魔」
人の心など持ち合わせていない、冷酷無比な悪魔にしか見えない。
この人に最期を看取ってもらえるなら、私は人生をあきらめてもいい。そう思えた人間の裏切りに、未来はただただ涙した。
「どうして、こんなことができるの」
「君たちが悪いんだ……」
「……え?」
氷室は社長を指さし、激高した。いつも穏やかだった恋人の知らない顔を見て、未来は凍り付いた。
「社長!こいつは僕がいるから未来は冷凍睡眠を拒むと決めつけ、僕を会社からいきなり追放した!もう未来に会わせないと!ふざけるな!僕が何のためにここまで会社に尽くしてきたと思っている……。僕は、未来も、地位も欲しいんだ」
未来には理解できない理屈だった。理解できないまま、氷室は演説を続けた。
「会社のセキュリティも人員配置もよく知っている。社長を眠らせて捕らえるのは、意外と難しくなかったよ」
続けて氷室は未来に向き直った。
「そして未来……君も悪い」
「私が……?ねえ、何で」
未来の問いかけに氷室は答えず、じっと背を向けて部屋の外へ出て行った。
「時間がない。また会おう、未来」
「ねえ、答えてよ一成!あなたはそんな人じゃないでしょ!?」
未来の必死の叫びも、もう彼には届かない。やがて装置内に煙が充満し、未来は意識を失った。
無機質な壁が口を開け、二台の装置を飲み込み、じっと閉じた。
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