Cold Lover

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「社長、どうしてこんなところへ」    社長と呼ばれた男――陸奥冷凍睡眠株式会社の社長、陸奥有吉は、てかてかの頭頂部をぺちんと叩きながら、にこやかに答えた。 「ちょっと現場の様子を見ておこうかと思ってな。今日も予約でいっぱいのようで、何よりだ。昔は批判も多かったが、今では選択肢の一つとして受け入れられている」 「ええ、僕より一回りほど若い世代の利用も増えてきました。着実に普及しています。このまま業界一位の座を奪って見せます」 「弱小ベンチャーだったうちがここまで大きくなったのは、君が考案・開発した技術のおかげだ」 「いえ、社長のおかげです。あなたが資金援助をしてくれたから、僕は研究開発に専念できるのです」 「新しい設備の開発は順調か?」 「夫婦用の同時冷凍設備ですね。死がふたりを分かつまで、とは死が絶対だったときの言葉。いずれ延命やボディリプレイスの技術が確立するまで、二人同時に眠りにつく」 「まったくすごいアイデアだ」 「いつの世も富裕層が求めるのは永遠の命ですから」 「はは、そうに違いない。いや、まったく頼もしい。未来が君に引き合わせてくれて本当によかった。君と未来が大学で同級だったのは、まさしく運命だ」そこまで語って、唐突に社長の顔が暗くなった。「その未来のことだが……」 「検査結果が、出たんですね」  話とは、あのことだろう。 「ああ。薬でやわらげてはいるものの、病気は確実に進行している。余命は半年も無いそうだ……」  氷室はデスクの片隅に置いた写真立てに目をやった。氷室と未来のツーショット。二年前、がんが発覚する前に二人で旅行に行った時撮ったものだ。この旅行で氷室は未来にプロポーズし、未来はそれを受けたのだった。 「苦痛を抑える技術は大幅に進歩した。だが、これだけ技術が発達した時代でも、根絶できていない病気は多い。もはや打つ手は……」 「冷凍保存だけ、だと。でも未来は」 「ああ。彼女は嫌がっている。冷凍睡眠で稼いだ男の娘が冷凍睡眠を嫌がるとは、皮肉なものだ」 「未来は僕たちの仕事を応援してくれてはいます。しかし、自分が冷凍されることは拒む……」 「その理由の一つは、君かもしれない」 「僕、ですか?」  陸奥は問いかけに答えずに続けた。 「君からも未来を説得してくれないか。婚約者にこんなことを頼むのは、酷だとわかってはいるのだが、やはり娘に先立たれたくはない」  陸奥は、氷室に対しその禿げ頭を下げた。 「……わかりました。僕は未来のためなら、手段を選ばないつもりです」  氷室は静かに頷いた。
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