Cold Lover

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 眠りの部屋と名付けられたその部屋は、天井から降り注ぐ青白い光で満たされていた。広さは、かつての学校教育制度で利用されていたという”教室”程度であろうか、しかし、教室と違って、壁や床には装飾が全く施されておらず、机が雑然と並んでいるわけでもない。ただ中央に、円筒形のカプセルが一台、ぽつんと置かれているだけだ。  カプセル上面はガラス張りで、中に一人の少女が横たわっているのが見える。ハイスクールの生徒だろうか、十代後半くらいのようだ。胸元で祈るように手を合わせている。  そんな少女の姿を、氷室一成は眠りの部屋の隣にある機械操作室のモニターを通して見ていた。白衣に身を包み、年の頃は少女より一回りほど上のようだ。彼は今回の“入眠者”の顔を確認すると、慣れた手つきで操作盤のタッチパネルに必要事項を入力していった。  氷室はもう一つのモニターから、窓ガラスに張り付き、窓越しにカプセルに向かって呼びかける男女の姿を見た。眠りの部屋の隣に控室があり、ガラス越しにカプセルの様子を見られる。これから「眠り」につく者に対し、最後に呼びかけることができる場所だ。 「わたし、やっぱり嫌。一度眠ったら、最低5年は会えないんでしょう?」 「涼子の病気は今の科学でも治せない。治療法が見つかるまで眠るしかないんだ。涼子のためだよ、知恵。5年待ってもダメなら、10年。それでもダメなら20年。私たちはとにかく涼子を生かすと決めただろう。涼子も承知の上だ」    スピーカーから流れる彼らの震えた声を聞きながら入力を続けると、事前の準備はすべて終わってしまった。後は合図を待つのみだ。昨日の顧客はやっぱり止めろと泣き叫び、入眠の実行までだいぶ時間を食ったが、今日はどうだろうか。あまり回転率を落とされても困る、と氷室は思ったが、モニターに映った男女は、ゆっくりと窓ガラスから離れていった。今回は静かに涙を流すタイプだったようだ。  付添のスタッフが手元のスイッチを押すと、機械操作室の壁に設置された緑色のランプが点灯した。氷室が赤いスイッチを押すと、カプセルのスライドカバーが閉じていき、やがて涼子と呼ばれた少女をすっぽりと覆ってしまった。  眠りの部屋の無機質な四方の壁のうち、北側の面が左右に開いていき、狭間から白い冷気が溢れ出した。その煙に誘われるかのように、備え付けられた車輪が駆動し、カプセルはゲートの向こうの暗闇に飲み込まれていく。やがてカプセルは完全に見えなくなり、ゲートはぴっちりと閉ざされ、また元の無表情な顔に戻った。  スピーカーから付添のスタッフの声が聞こえてきた。 「涼子様は冷凍睡眠に入られました。近い将来、良き目覚めを迎えられるよう、弊社一同全身全霊を尽くさせていただきます」    棒読みにならないように努めすぎたせいで、かえってわざとらしさが鼻につく話し方だ。氷室は、こういうのは淡々とやった方がいいと思いながら機械操作室を出ようとすると、強面の男を伴った、黒スーツの男が入ってきた。肌は黒く日焼けしていて、顔つきは精悍で若々しいが、禿げあがった頭と目じりの皺は年齢相応のものだ。その姿を見て、氷室は背筋をぴんと伸ばした。  
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