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ケイタの彼女は、一言で表すと「温かい人」だ。
彼女、「氷堂幸」とケイタは、2年前に交際を始めた。
きっかけはサチの一目惚れからの告白、当時交際相手のいなかったケイタは快く迎え入れた。当初は顔が好みだっただけの理由で交際したが、サチの誠心誠意尽くす姿と、一緒にいて心地よい感覚にケイタも半年でマジ惚れした。
「ケイタくん、明日のお弁当唐揚げでいい?」
「おう、本当にサチの弁当は飽きないな」
大学4年生の2人は、交際開始から1年が経った。ケイタは学食常連だったが、いつも手作りの弁当を持ってきているサチが一緒にお昼を食べるため、半年前からケイタの分も作っている。
最初はケイタも遠慮気味だったが、そのプロ顔負けのクオリティに自ら頭を下げて頼むくらいの美味しさだ。男は胃袋をつかめという昔の言葉を「そんなんで好きになるやつなんて美食家くらいだろ」と思っていたケイタも考えを改めるレベルである。
「普通に一流料理人になるか店を出せるくらい美味いのに、料理の道に進もうとか思わないのか?」
「うーん。中学生の頃は考えてたんだけど、他に夢が出来ちゃったから」
「もったいねえな……。ちなみにその夢って?」
「ふふ。まだナイショ!」
追及したい気持ちはあるが、内緒だと笑う彼女の笑顔を見せられてはゾッコン彼氏であるケイタには無理な話だった。
「ちぇっ」と少しいじけるケイタも、こんな会話にも幸せに感じるほどサチという女性に心から惹かれていた。
大学4年の秋、サチが行きたい場所があるとねだられ、海の絶景スポットであるS市へと旅行に来た。
「見てケイタ君!ここから見ると夕焼けが海に反射して綺麗だよ!」
普段は少し大人しめの彼女だが、今日は珍しく子供のようにハイテンションだった。少し旅費はかさんだが、彼女に喜んで貰えればどうでもいいかと心の奥に閉まう。
「本当に絶景だな。そんなにここに来たかったのか?」
「うん!中学生の時に1度だけ来たことがあって、もう一度来たかったんだ」
嬉しそうにしている彼女に一瞬、表情に影が出来た気がした。だがすぐさま笑顔に戻った、気のせいだったのだろう。
「それにここ、夜になると星空が盛大に広がってプロポーズの名所とも呼ばれてるんだよ。素敵だよねー」
「へぇ。だからカップルが多いのか」
プロポーズ、という言葉が心に残る。来年はどちら共社会人、サチ以外にもう恋人など考えられないケイタには、サチとの結婚を考えていた。
ケイタが生まれて22年、これほどまで愛おしく思える存在などいくら考えようと思い付かない。高校の時に出来た彼女ですら、すれ違いが多く3か月で別れた。
「(来年、来年もこの気持ちに変わりがなければここで……)」
「どうしたの?」
思い悩むケイタを不思議そうに見つめるサチが目の前にいた。何度見ようとその姿を愛しく思う気持ちに飽きなどこない。
「(ここで、プロポーズをしよう)」
決意を固めたケイタは、「なんでもないよ」とその場を後にした。
1年後、2人で有給を取り泊りがけでS市へ赴いた。
「いつ来ても綺麗だね。でもどうしたの?またここに来たいだなんて、もしかして気に入った?」
「そ、そんなところかな。」
いざプロポーズの場所へ来ると、少し日和り気味になってしまった。何か別の会話がないかと脂汗を掻く。
「それにしてもあれから色々あったね。学校を卒業して、社会人になってお洒落なお店や遊園地、水族館とか色々と。」
「でも、ケイタ君と一緒だったから楽しかったな。」
そう言葉にする彼女の頬は少し赤く、見惚れてしまう。
男だろ、勇気を出せ。と自分に叱咤し、
「サチ、ちょっといいか?」
キョトンとする彼女に、ポケットから四角い貴重そうな箱を持ち出した。
「え、それって」
「好きだ、もうサチ以外考えられないくらい好きなんだ。こんなに温かい人を俺は知らない。俺と結婚してくれないか?」
言った、言い切った。これ以上にない成果に心の中でガッツポーズを取る。
しかし、返事のない彼女に少し不安になり、下げている頭を上げて彼女の顔を覗き込む。
「さ、サチ?」
そう言葉をかけると、サチは涙を流していた。
「う、嬉しい。本当に嬉しい。」
震えながら喜ぶ彼女に、少し安堵する。全く反応が無かった不安はすぐに消えてしまった。
「それじゃあサチ、返事は……サチ?」
「嬉しい、本当に嬉しい。やっとプロポーズしてくれた」
独り言のように嬉しがる彼女に、少し違和感を覚えた。やっとプロポーズしてくれた、ずっと待っていたのだろうか。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いいの、これで、これでやっと……」
そう彼女が呟いた瞬間、口に何かが入る。
「やっと、復讐ができる」
形相が変わった彼女に、何が起こったかわからないとケイタが混乱している。復讐という言葉と、飲み込ませられた小さい異物。何を言葉にすればいいからわからず、パニックに陥った。
「復讐ってなんだ、何を飲み込ませた、何なのか説明してくれサチ……。俺には意味が、あ?」
問いただそうとした直後、急激なめまいと吐き気、力が抜けて膝をついた。
「簡単だよケイタ君。復讐はその言葉通り、飲ませたのは毒薬。君が死んじゃう前に教えてあげるよ。」
彼女の表情と声質が、知らない何かに変わっていった。
「私の名前はチサ。浦道千幸。覚えてる?」
「浦道、千幸、って、まさ、か……」
「覚えてるんだね、そうそう。君達が殺したユウト君の彼女だよ」
ユウト……。中学の頃、仲間内で勉強の憂さ晴らしにイジメていた同級生だ。最初は仲間2人に気乗りしないまま付き合っていたが、途中からストレス解消のために積極的に参加し、中学卒業後ケイタは引っ越したが、高校1年の時に自殺したと知らせが来た。
「なん、で俺が。他の、2人の方が、いじめてただろ。どうして、俺だけ……」
「他の2人?ああ、もう始末したよ?」
始末、という言葉に動悸がさらに激しくなる。死んだ?あの2人が。いつの間に?
「あの2人は高校に入ってもいじめを辞めなかったし、私が止めても裏で過激にやってたからね。おばさんとおじさん、あ、ユウト君の両親ね?に手伝ってもらって始末したんだ。」
「もう死んじゃった方が楽ってくらいにして、海に沈めたよ」
「君はいじめてたけどあの中じゃ1番頻度はなかったから、楽に殺してあげようと思って」
「楽しかったでしょ?この3年間。でもね、私がした事、お願いした事、行った場所。全部ユウト君との思い出なんだよ」
「お弁当も、旅行も、デートも。ユウト君へは愛情を……」
「君には、憎しみを込めて、ね?」
もう足も手も動かない。必死に呼吸だけをする。死にたくない、行きたい、助けて、俺は冗談みたいなもんだった、あいつらの方が何倍もひどい。
言葉にしたくても出来ない。大きな袋を取り出し、こちらに彼女が距離をつめる。
「さ、ち。お願いしま、す。俺が、悪かった、から。許して、くれ」
「もう君の体は毒が回りきってるし、私は許さないし、ユウト君は帰ってこないんだよ。その謝罪の言葉は、天国にいるユウト君に言ってよね」
「でも無理か。君は地獄に行くだろうから」
その言葉を最後に、視界が暗くなる。意識が朦朧として世界の終わりが近づく。
「じゃあね、さようなら。ケイタ君」
顔は見えないが、酷く冷たい声が聞こえ、ケイタは眠りへと堕ちた。
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