0人が本棚に入れています
本棚に追加
春の近い冬の終わりごろに体験した恐怖体験をここに書くことにする。
天気予報で冷え込むと言ってたので、
厚手の上着とマフラーとで防寒対策をして出掛けたら、
そこまでの冷え込みにはならなくて、
日が暮れて帰るころになっても暑くて、
マフラーは脱いだけど上着は脱ぐと寒いし着ると暑いしで
大変微妙なことになってしまっていた。
とりあえず夕食用の弁当とデザートのアイスクリームをコンビニで買って
そのまま歩いて自分の家まで帰ろうとして、高架下を抜けるトンネルを歩いていると、
向こうに白い着物を着てうずくまっている女の人の後ろ姿が見えた。
最初は具合が悪いのかな、
大丈夫かなとしか考えなかったけど、
近づいていく途中で凍えそうな寒さを感じて、
そのまま動けなくなった。
全身が凍り付いたのかと思うくらい寒かった。
ただ、異常な事態を感じて冷や汗と動悸は止まらなかった。
こんな冬場に幽霊なんて見ると思っていない。
いや、この寒さは幽霊よりも雪女だろうか?
他人事のように考えていると、
うずくまっていた女はゆっくりと立ち上がり、
こちらに振り向いた。
氷のような冷たい目をした、
人形のような、
白い女だった。
ヒトではないってことが、
どうしてもわかってしまった。
ゆっくり、ゆっくり、滑るように音もなく近づいてくる。
死ぬんだろうなという恐怖よりも、
この寒さを何とかしてほしかった。
恐怖のせいかと思ったが、
目の前に吐き出す息は真っ白だった。
白い女は
滑るように目の前まで来ると、
少しだけ、
ニヤリと笑うと
すっと消えた。
それからどのくらい経ったのか、
徐々に、
徐々に自分の周りに温度が戻り、
途端に冷凍庫から出てきたような、
一気に暖かさが自分の身体に戻ってきた。
この世のものではないものを見てしまった恐怖よりも、
寒さが消えたことでほっとした。
そのあとは半分寝ているような、
酔っ払っているような、
ひどく曖昧な感覚で
なんとか家に帰り、
そのまま倒れ込むように寝てしまった。
翌日は昼過ぎに目が覚めた。
無事に生きていたけれど、
昨日のことは夢のような気になっていた。
何もかもがあいまいだった。
その日は出かける用事もなく、
体調もそこまで悪くなかったが、
昨日のこともあったので布団でごろごろしたまま一日を過ごした。
夕食を食べようかと思ったころに、
昨日、弁当とアイスクリームをコンビニで買ったことを思い出した。
玄関の靴箱の上を見ると、買い物につかっているエコバックが置かれていて、
コンビニの弁当が買ったまま置かれていた。
昨日のことはやっぱり夢じゃなかった。
インターホンのチャイムが鳴った。
インターホンの画面を見る。
アパートの入り口にあるカメラの映像が映しているのは、
昨日の白い着物の女だった。
一気に全身に悪寒が走った。
昨日のは現実だったのか、
なんで家まで来るのか、
お祓いにでも行けばよかったとか
いろんな考えが巡って、
わけがわからずただ部屋の中をうろうろしていると、
ドアをノックする音が聞こえた。
あの女だ。
すぐに思った。
逃げる?
どこへ?
隠れる?
どこに?
どうしたらいいかわからず
眩暈のようにぐるぐると考えを巡らせていたけど、
ノックの音はずっと続いている。
どうしていいかわからず、
このままではずっと怖いままなので、
ゆっくりゆっくりドアに近づいて
そっと覗き窓から外を見てみた。
昨日の白い女がそこにいた。
やっぱりあの女だ。
ただ、昨日のような寒気も、
恐怖も感じなかった。
ただの、白い着物の女だった。
僕は、ドアのチェーンを外してドアを開けた。
ホラー映画なら、悪霊にまんまと騙された被害者のシーンだろうけど、
僕は彼女は大丈夫なひとだと思ったからドアを開けた。
もしも僕の命を奪うことが彼女の目的なら、
昨日にしろ今日にしろ、チャンスはいくらでもあっただろうからだ。
「こんばんわ。」
バカみたいに挨拶をした僕に、
「こんばんわ。」
と小さな声で彼女は返事をしてくれた。
「どういったご用件でしょうか?」
「昨日いただいた、冷たい甘味のお礼に参りました。」
一瞬意味がわからなかったが、
玄関の靴箱の上のコンビニ弁当を見て、
なくなったアイスクリームは彼女が持って行ったのだと気づいた。
「あの、雪女さんですか?」
昨日からずっと思っていたことを不躾だとは思いつつ聞いてみた。
「はい。」
なぜか恥ずかしそうに、彼女は俯いて言った。
とりあえず玄関先で雪女の人といるところをアパートの他の人に見られるといやだったので、
上がってもらって話を聞くことにした。好奇心は猫を殺すというけれど、
死ぬかと思ったバカは好奇心が沸いたら
それを止める制御力は欠如するってことが
今現在の自分の経験で分かった。
話を聞くと彼女は雪女としてこの辺りにずっと住んでいるそうだが、
昨日は季節外れの暖かさで体調が悪く、あの高架下のトンネルで座り込んで休んでいたそうだ。
そこに僕が通りかかり、冷たいアイスクリームを持っていたので、
咄嗟に奪ってしまったそうだ。
「悪いことは思いつつ、体の中の冷を取るためにはしかたなくいただいてしまいました。」
「(凍えた人が身体の暖をとるみたいなことなんだろうか。)」
「そのお詫びを申し上げるために参りました。」
雪女さんはそう言って頭を下げて丁寧にお詫びをしてくれたが、
そこまでしてもらうのは申し訳なかった。
「いえ、具合が悪かった方を助けられたのなら何よりです。」
「アイスくらいならまた買えばいいですから。」
「あの。」
「はい?」
「あの美味しいアイス?というものは、どこで手に入るのでしょうか?」
どうも、雪女さんはアイスが気に入ったらしい。
もしよければということで、
明日コンビニでまたアイスクリームを買って、あのトンネルで渡す約束をした。
この後に彼女はよく僕の部屋に遊びに来るようになり、
アイスクリームのレビュアーとして有名になることになるが、
それは流石に怖い話としては蛇足なので、書かないことにする。
最初のコメントを投稿しよう!