⑵-③

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⑵-③

「それはいい、飛田君、是非ともそれを話してくれたまえ。ここで皆が知恵を出し合えば、謎が解けるかもしれない」 「そうでしょうか」 「ここでは最も納得のいく説明をした人が他の人からご馳走してもらえる、そういう決まりになってるの。飛田さんがもし、自分で謎を解いたらお食事とお酒をご馳走するわ」  ウメが言うと、ウィルソンが「それと正会員への推薦も進呈しましょう」と付け加えた。 「そんな、確かに不思議な話は嫌いじゃないですが、謎を解くなんて僕にはとても……」  流介が及び腰で言うと、いつの間にか傍らに来ていた安奈が「披露してみたらいかが?うまく行けば事故の話とカフェーの話、二つの話題がいっぺんに手に入るわ」と囁いた。 「では、お話します。弥生町の商家の二階に、フォンダイスさんという外国人が間借りしてまして、面白い漂流話をされると巷で噂になっていました。その中身というのは……」  流介は何かに憑りつかれたように、フォンダイス氏から聞いた話を語り始めた。大渦のくだりになると全員が流介の方に身を乗り出し、真剣な表情で聞き入った。 「……というお話でした。氏が亡くなられたのは僕が訪ねていったほんの数日後の事です」  流介が事故の顛末を一気に語るとしばらくの間、沈黙が座を支配した。やがて三人は互いに顔を見合わせると、ひそひそと小声で囁きを交わし始めた。 「……では、私から感想を述べさせていただこうかな」  口火を切ったのは、日笠だった。 「私が思うに、フォンダイスさんが漂流話を周囲に披露したのは、ここ匣館でより多くの知人をこしらえて手広く商いをしようと思ったからではないでしょうか。もし大渦の話が嘘だとしても、貨物船に乗った話や海に放りだされた経験は本当なのかもしれません」 「では、目の見えない外国人との関係は?」 「そこです。実はその外国人こそが、漂流体験をした張本人だったのです。なんらかの縁で知りあった人物から興味深い話を仕入れたフォンダイス氏は、それをあたかも自分の体験であるかのように吹聴したのです。それが当人の耳に入り、事実を暴露されたくなければ金を払えと詰め寄られていたのではないでしょうか」  日笠は語り終えると、どうですと言わんばかりに禿頭を撫で上げてみせた。 「なるほど、面白いですな」  満足げな日笠に対し、どこか挑むような口調で後を引きとったのは、ウィルソンだった。 「今の推理には私もおおむね同意見です。ただ少しばかり付け加えさせて頂くならば、その目の見えない男と、フォンダイス氏は旧知の間柄だったのではないでしょうか」 「……ほう、というとこの匣館に来る以前からの?」 「ええ。どこの国かはさておき、それぞれ商いを手掛けていた者同士、面識があったのです。フォンダイス氏は男から漂流の話を聞き、これは面白いと記憶にとどめていた。よもや遠いこの国で再会しようなどとは思いもせず、さも自分の体験であるかのように語っていたところ、漂流した当人が現れた。男にしてみれば、視力を失うほどの辛い漂流を自慢話のように語るフォンダイス氏は我慢ならない人物だったに違いありません」 「なるほど、そうかもしれませんな」  日笠はウィルソンの話に感心したように相槌を打った。 「毒を飲まされた男はフォンダイス氏に「私に何かあったらここにきてあなたに復讐するよう、荒くれ者にいい含めてあるのだ。覚悟するがいい」と言い残し、亡くなったのです。誰かが自分を殺しに来るのではと考えたフォンダイス氏は部屋に鍵をかけ、窓から通りをうかがっていた。ところが階下で男が倒れたことから近所の人たちが店先に集まってしまい、下手人が誰かわからなくなった。フォンダイス氏は酒に酔った状態で下をよく見ようと身を乗り出し、運悪く転落した……とまあ、こんなところでしょう」  流介は地元の名士たちが繰り広げる推理合戦に、不思議な気持ちで聞き入っていた。
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