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⑶-③
天馬は銀の盆に紅茶を注いだカップを並べると「二階に行きましょう」と言った。
「まさかここ以上に凝った仕掛けがあるんじゃないだろうね」
流介が釘を刺すと、天馬は「まさか。普通の書斎ですよ」と答えた。天馬の後に続いて螺旋階段を上ってゆくと、言葉通り西洋風の書斎に出た。
「ようこそ、僕の書斎へ。ここが世界の中心です」
天馬はテーブルに盆を置くと、うやうやしく言った。書斎の名にふさわしく部屋の壁には作りつけの書棚があり、船が沈むのではないかと思うくらい大量の蔵書が詰まっていた。
しかしこの書斎には一階同様、普通の家にはない物が存在していた。天馬が背にしている窓の外には船の舳先と美しい海原が見え、机があるべき場所には見事な舵輪があった。
「天馬君、ここは家なのかい、それとも船なのかい」
「両方です。僕はここからあらゆる国への旅を夢想し、同時に故郷の暖かさを味わいます。貨物の仲介で接する外国人から聞く異国の物語は、僕を水平線の向こう側へと日々、誘ってくれます。僕はこの書斎で舵を取りつつ世界を、宇宙を、時間を旅しているのです」
「はあ……」
天馬の語る壮大な夢に、流介は見知らぬ世界に連れ去られてゆくような心持になった。
「……ところで今日はまた、どう言ったご用件です?通訳ですか?」
天馬が改まって問いを放つと、安奈が「そうじゃなくて、飛田さんにあなたの推理を披露してあげて欲しいの」と割って入った。
「ああ、なるほど。君が一緒だから何かあるとは思っていたが……いいでしょう。お話を伺いましょう」
天馬は流介と安奈に椅子を勧めると、舵輪の前に立った。
「実は先日、君と訪ねていったフォンダイス氏が突然、亡くなったんだ」
流介が事件の顛末を告げると、天馬の表情が険しくなった。さらに「奇譚倶楽部」の人々から仕入れた情報を付け加えると、それまで凪のように穏やかだった天馬のまなざしが徐々に鋭いものに変じていった。
「……面白い。若干、必要な断片が不足しているものの、これは間違いなく一つの完成された絵になるに違いない」
天馬は独り言のように言うと、書棚の前に移動した。
「飛田さん、安奈。僕に少しばかり時間をください。……お茶を飲み干すまでの間に、フォンダイス氏にまつわる物語を完成させて見せましょう」
そう言うと天馬は書棚から本を立て続けに抜き取り、机の上に積みあげた。
「本当に、謎を解く気なのかな」
流介が安奈に耳打ちすると、安奈は「当然よ。そうじゃなきゃ船頭探偵じゃないわ」と言ってカップに口をつけた。
やがて、本から本へと行き来していた天馬がはたと手を止め、流介たちの方を見た。
「……たぶん、絵は完成しました。少し長くなりますが、披露させて頂くとしましょう」
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