⑶-⑦

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⑶-⑦

「さすが匣館新聞の若き敏腕記者ですな。これほど鮮やかに謎を解いて見せるとは」  日笠が感心したように唸ると、ウイルソン氏が「まさに名推理ですな」と言った。 「とんでもない、そもそもこの説はとある人物から入れ知恵された物で……」  流介がそう言いかけると、ウメが口に人差し指を当ててみせた。 「ヒントを誰から貰おうが、自分で組み立て直したら自分の物。自信を持って披露なさい」  はい、と流介が頷いた直後、グラスと酒瓶を手にした安奈がテーブルに姿を現した。 「さあ、謎を解いた商品よ。欧州じゃ禁酒法って言うのが流行ってるみたいだけど、ここは大丈夫だから心ゆくまで飲んでいってね」 「いや、待ってくれ。仕事中に飲むわけには……」 「……おお、これはそうそうたる顔ぶれが揃っているようだな。我々も加えてもらおう」  そう言って現れたのは二人の老人だった。一人は匣館新聞の創業者にして銀行の頭取でもある杉浦加七(すぎうらかしち)、そしてその横に悠然と構えているのは伝説の侠客、梁川隈吉(やながわくまきち)であった。 「どうします、親分。ラムネにでもしときますか」  加七が尋ねると隈吉は「そうだな」と顎をしゃくった。流介は二人のやり取りを聞いてはっとした。そう言えば隈吉親分は酒を一切、嗜まないとどこかで聞いた覚えがあった。 「俺は近頃巷で噂のアイスクリンとかいう奴を食べてみたいな。一度、雪みたいに溶けちまうってえ不思議な食べ物を味わってみたいんだ」 「……はい、ただ今お持ちしますわ」  安奈は軽やかに応じると、身を翻して去っていった。満足げにテーブルについた二人の名士に、流介はこれはとんでもない世界に踏みこんでしまったようだと背筋を伸ばした。 「親分、彼が今日から会員になった飛田君です。これで我が倶楽部もぐっと若返りますな」 「おう、いいことだ。あとは天馬と安奈が早く一緒になって後を継いでくれれば、安泰だ」  隈吉の言葉に流介は一瞬、耳を疑った。親戚とは聞いていたが、まさか二人を養子に?  安奈の隣に天馬の顔を思い浮かべたとたん、流介はふとあることに思い当たった。 「幻洋館」で天馬が推理を述べていた時、まるで御膳立てされていたかのようにソフィアさんが現れたのは、なぜか。ひょっとすると天馬たちは、謎解きを披露すると見せかけてもっと大きなからくりを僕に仕掛けたのではないか。 「お待たせしました、これが舶来の氷菓子、舌の上で冷たく溶けるアイスクリンでござい」  テーブルの上に供された甘味を前に、二人の老人は顔を見合わせ、舌なめずりをした。 「こいつはうめえ、あっと言う間に消えちまう。新しい味を知るってのも悪くねえなあ」  新しい味か。べらんめえ調の感想を聞きながら流介はふと、天馬の顔を思い浮かべた。
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