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さいかい
ある日突然電車に乗る事が出来なくなって、会社を辞め実家に帰って2年目。コロナで在宅勤務が増えたからと、友人や前職の知り合いに声はかけられはしたが、親以外、コンビニでの世間話ですらしなくなった昨今。一歩目を踏み出す勇気が出せないでいた。
このままではいけない。そう思った私は、散歩を行う事にした。玄関に近づくと悪寒がするという悪癖は随分改善された……。
家を出て数分。最寄りのコンビニに辿り着いた。自動ドアを開け、店員を見る。できれば年言ったおばちゃんとか、向こうから話しかけて来るのが理想……。
パンチパーマのグラサン。だめだ。前に立っただけで動けなくなりそう。
私は回れ右してコンビニを退転。睨むパンチパーマから逃げるように、次の目的地へ向かった。
次に辿り着いたのは、公園の目の前にある何となく古いコンビニ。さっきの店と同じ系列ではあるが、出来た時期が十年近く違う。ここは小学生の頃公園で遊んだ帰りに母と寄った思い出がある。確か三年前に帰省した時(最近まで学生時代の思い出の地に近づく事すら出来なかった)に、まだあの時のおばちゃん店長が健在で、私の事を覚えてくれていた。もしまだおられるなら……。
入ってすぐ、数名の客の先に、少し老けたあの店長が働いていた。私はその光景だけで少し泣きそうになった。
私は会話をする練習に最適な相手を見つけ、列の最後尾に並んだ。
前の人がレジを終え、自分の番になった。
よしと思って近づくとほぼ同時に、レジの奥から人影が飛び出した。
「店長、本部からお電話です」
「はい了解、じゃあ代わりにレジお願いね」
……最悪だ。改めるか? いや、まだ希望はある。そもそも今からレジを離れるのはあまりに不自然。後ろに並んでいる人もいないし、それにあのパンチパーマ店員に比べればこの女性の方がよっぽど……。
「あの、どうぞ?」
「あひょっ……」
第一印象。最悪。いや、そもそもコンビニ店員から見れば印象も何も無いのだろうけど……。
「こっしくお願いす……」
あれ、声ってどうやって出すんだっけ……?
「では2点で340円に、袋お付けしますか?」
「あのっ!!」
「ひっ!? はい!?」
何か喋らなきゃと焦った結果妙に張った声になってしまった……あれ、どうしよ……。
女性店員は私と同じか、少し下くらいだろうか、きっと普段は快活な人なのだろうが、私の声に怯えたような眼をしてしまっている。
「袋くだ……下さい……後、にく……あ、肉まんも、ください……」
「あ、はい肉まんですね! 少々お待ち下さい!」
恐る恐る後ろを確認する。良かった。さっきの客が出ていったきり誰もいない。
「では会計改めまして、483円です……」
謝らねば……少しは……声も出るだろ……。
「すみ……あの……すみません……人と喋るの久……あは、久しぶりで……」
店員はすぐに、あ~と納得した声を出して、後ろに人が待っていない事を確認して喋り始めた。
「そうだったんですね、びっくりしちゃいました」
「自分でも……あ、あんな声量が出ると思って無かったです」
なんですかそれー、と笑っているが、商品は迷いなく袋にしまわれ、さっと私の前に出て来た。
「実はあの……ずいぶん前に……その仕事を……退職させられまして……店長さんにあれ……あの……報告に来たと言いますか……」
初対面の人に何口走っているんだ自分は。第一店長が自分を覚えている保証も無ければ報告の義理も……。
「え、そうだったんですか! 実は私もちょっと前までそうだったんですよー!」
女性の口から意外な言葉が出た。
「私はコロナの派遣切りみたいな? それでここの店長さんに拾ってもらったんです。なんかシンパシーですねー」
楽しそうな声を聞きつけて、電話を終えた店長が奥から顔を出した。
「あら! もしかして健君!? 大きくなったねーー!」
「あ、ど……ども……」
「たまにお母さんが来るから聞いてたよ! 色々大変だったんだってね!」
「健さんっていうんですね! 店長に挨拶に来られたそうですよ!」
それからほぼ一方的ではあるが、しばらく会話が弾み、久しぶりに人と話す楽しさを思い出せた気がする。
「じゃあ、そろそろ……」
「また来なね! 待ってるからさ!」
私はその時、久しぶりに、誰かにまた、と言われた気がした。
社交辞令かもしれないが、それでもなんだか暖かな気持ちになれて、少し泣きそうになった。
「はい、また来ます」
「平日の昼は基本私達なので! お願いしますね!」
「……ありがとうございます……」
「はい! ありがとうございました!!」
コンビニを出て、生ぬるい風が吹き抜けた。もうずっと忘れていた、春の風だった。
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