クリスとぼく

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「クリス、愛してるよ」  ぼくは妻にささやいた。 「うん、私もだよ。けい君」  妻は私に応えると、そっと抱きしめてくれた。けれど、その体は氷のように冷たい。 「その愛は、夫として? それとも食べ物として?」  ぼくはニヤリと笑って意地悪く妻に聞く。  妻はちょっとむくれた。 「もちろん夫としてだよ」  けれど、それから少し間があって 「……でもね……私がけい君の血を口にするほどに、愛がどんどん強くなっていく気がするの」  夫婦の間に隠し事はない。今の言葉は彼女の素直な気持ちだ。だからぼくは精一杯それに応えたいと思っている。 「わかった。じゃあ今月の分ね」  僕は腕をまくった。青くなった刺し傷のあとがぽつぽつと残っている。  ぼくは注射器を取り出すと、自分の腕にゆっくりと刺した。この痛みにもだいぶ慣れてきた。最初のころは慣れない手つきで刺す前も後も痛くてしょうがなかった。最近はだいぶ自分で自分を刺すのはお手のものだ。多分今ならその辺の新人看護師より上手い自信がある。 酸素を含んだ、鮮やか赤い血がゆっくりと管の中に吸い込まれ、満たされていく。 「……最近ぼくも美味しそうに見えてきたよ、これ」 「でしょ? でもけい君にはあげないよ。私だけのものなんだから」  妻は管に溜まっていくぼくの鮮血をうっとりと見つめている。 「ぼくの体液なんだけどね……。できたよ。はい、今月分」  針を抜き、妻にぼくの血がたっぷり入った注射器を差し出した。  妻はキラキラと目を輝かせてそれを手に取った。ちょっと触れた手はやっぱり生物とは思えないほど冷たかった。 「いつもありがとね。貧血とかになってない?」 「大丈夫。最近は血を抜きすぎることも減ったし、クリスにあげられるぎりぎりの量が見極められるようになっているよ」  注射器に行きつくまでの採血方法の試行錯誤は本当に大変だった。最初は包丁やナイフで腕を切りつけたが、血は止まらないし、あんまりやりすぎるとリストカットと思われる。(まあ実際やっていることはリストカットだったのだけれど)  様々な道具で様々な部位から採血したが、結局現在の形に落ち着いた。ただ、針の痕で腕が青くなってきており、最近は薬物中毒者に間違われそうで怖い。知り合いには献血が趣味になったと言い訳している。 今はまだ長袖でもいいけど、夏に半袖を着るときどうしようかというのが最近の悩みである。 妻はちょっと舌を出して、注射器から血を一滴その上に落とした。 ポタリと注射器から垂れた血はじんわりと妻の舌の上でバラのように広がった。 「――んっ」  たった一滴の血だが、妻はとろけるような恍惚の表情を浮かべる。 「ああ……。最高……。けい君、本当にありがとう。本当に愛してる」  一滴、一滴、舌の上に垂らしては、うっとりしたり、はしゃいだり、ころころと表情を変える妻。彼女曰く、血を飲むと食欲と性欲が同時に満たせるのだそうだ。 そりゃあ、こんな幸せそうにもなるよな。 ぼくの血をなめる妻をまじまじ見つめ、ぼくは本当に幸せだなあ、としみじみ思った。 陽だまりみたいに明るい笑顔の、氷のように冷たいぼくの妻、クリスは吸血鬼である。
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