あるもの、ないもの

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 彼女の執着は強いものだった。それも過去の話のはずだった。けれど彼女は彼がもうすでに亡く、もうすでに無いことに気付かなかった。そうしてそのまま彼女の中の彼と一緒に彼女は生きた。いや、生きなかった。  彼と一緒に過ごしていた彼女は何も食べない彼に合わせて何も食べなかった。意識したことではなかっただろう。彼女は死にたかったわけではない。彼女は彼と生きていた。生きていると思っていたのだろう。それは彼女にとっての幸せだった。誰にも否定されることのない幸せだった。  彼女と彼が過ごしていたこの部屋に、この空間に残っているのは彼女の執着とそれによる声だけ。動くものは冷えた空気だけ。骨すらない、長い年月が過ぎていた。
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