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快晴。382日ぶりの快晴だった。
相佐那貴は、確かにそれが382日ぶりだと確かに覚えている。
目にかかる髪の隙間から、久しく見ることのなかった青空を覗き見る。
気温は13度。冬の一番寒い季節の空は奥行きのある青色で、高く深い。吐く息は白く、空に向かって霧散していく。コートの手放せない季節だ。
ただ、僅かに首を上げて歩くのは空に興味を惹かれた、というだけではなかった。
「那貴。無視するな!」
那貴の隣で声が上がる。相佐唯愛。双子の妹が噛み付くように言う。それが聞こえていないような素振りで、那貴は少しだけ視線を地上に下ろす。
交通量が少ない住宅街の狭い路地だが、昔のように歩道のない道路は存在せず、車道と歩道は明確に区別されている。自動運転車が殆どの世の中で事故など起きうる気配もない。
微かに駆動音を出しながらすれ違う車と同様、一定のペースを崩さずに那貴は歩いていく。
そんな那貴の隣で、唯愛が兄を睨み付けていた。
「こっち見ろ、馬鹿兄!」
唯愛が振り向かせようと那貴に近い右手を伸ばす。
コートの袖から覗く右手はメカニカルな機構が見える義手だった。スカートから覗く左足も同様の義足。筋肉のように伸縮するソフトアクチュエータが張られ、それをカーボン製の外装で覆うありふれたデザインの義肢。
唯愛が伸ばしてきた手に気づいて、那貴はその手を払う。触れた黒色は血の通わない冷たさを持っていた。
「……ついて来るな」
「あ、あたしも授業なんですけど」
二人は学校を再利用した地区センターへ向かっていた。
リモートの授業が主体となっても授業の場所というのは必要になる。体育や化学実験、工作など、自宅では環境が整わないものもあるためだ。
そのために週に二日程度、登校日が設けられている。那貴は体育と音楽、唯愛は美術と化学の授業がある。
「一緒に行く必要はない」
「なら、そっちが出る時間ずらしてよ」
「お前に配慮する必要がない」
「最悪。何その言い方」
唯愛は顔をしかめて、それでも那貴の隣を歩く。
傍から見ても仲睦まじいとは言えない様子の二人。
そんな双子に後ろから声がかかった。
「朝から喧嘩? 何してんの?」
呆れた声は和嶋若菜のものだった。昨年は唯愛と同じクラスで、そこで友人になった。今年になってクラスが変わり、今は那貴と同じクラスになっている。
「おはよ、二人とも」
若菜が手を上げると、双子も挨拶を返す。
「唯愛、久しぶりだねー。退院おめでと」
「久しぶりって。連絡取ってたじゃん」
「連絡も退院するまでは取れてなかったし、退院してから直接会うのは今日が初めてでしょ。冷たいなー。仲良くしようぜー」
若菜は二人の間に入り、那貴の背中を押す。
「という訳で唯愛は私がもらうよ、お兄ちゃん」
「どうぞ、好きにしてくれ」
若菜に応じて、那貴は歩みを速める。それに気づいて唯愛もついて行こうとする。
「唯愛って、そんなに那貴にくっついてたっけ? お兄ちゃん大好き?」
並んだ若菜にそう問われて、唯愛は最優先の事案が発生した様子で足を止める。
真剣かつ深刻な顔で、若菜に言う。
「そんな訳ないじゃん」
「だよねえ」
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