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那貴の姿は二人からはすぐに見えなくなった。
唯愛と若菜が歩くペースは、唯愛が入院する前と変わらない。那貴のそれと比べるとゆったりとしたものだった。
「何で制服なんてあるんだろうねー、リモート授業の時は着ないのに」
「あたしは、何着るか悩まなくていいから楽だと思うけど」
唯愛の返答に、こいつは齢16にして女として死んでいる、と若菜が視線で訴える。
「どう着こなすかに楽しみがある、と言えるようになろうね」
「ちゃんと制服じゃない時は何着るか悩んでるし」
「唯愛の悩んでる、は何か違う気がする」
視線に疑念の色が強まると、唯愛はわざとらしく咳払いを入れる。
「--んん。制服買ってもらえば学校にお金が入るからじゃん? あとは手軽な身分証明的な。外向きに学生ですよって、ラベル貼っとくの」
「ラベル?」
「コンビニでおにぎり買う時に何の具が入ってるか書いてなかったら、若菜はどうする?」
「え、困る」
「じゃあ、ラベル付けといた方がいいじゃん」
「コスプレでも学生?」
若菜が、真実を見いた出した顔で唯愛を見る。
悲しいことを告げるように、唯愛が顔を伏せた。
「一部に粗悪品が混じることはあるよ」
「粗悪品って、辛辣だなー」
「品質保証じゃないってこと」
表情豊かに若菜が笑う一方で、唯愛は生真面目に言葉を続ける。
「若菜だってラベルの表示を信じておにぎり買うじゃない?」
「それは、まあ、何食べるか選びたいし」
「ラベルは正しいって前提を引いてる訳。選ぶために疑う必要がない。それってとても良いことだよ。疑おうと思えばどこまでも疑える。でも疑ってたら何も出来ないし、答えが出るとも限らない。考えられることには限りがあるし、頭もパンクしちゃう」
「考えなくていいって言うなら、おにぎりガチャでも私はいいけど」
「めっちゃ悩むことになるよ」
「何で?」
「若菜のおにぎりはウルトラスーパーレアのコーラおにぎりでした」
「なにそれ」
「コーラで炊いたお米のおにぎり」
「いらない」
「じゃあ、どうする? もう一個買う? また変なの出るかも。次は本当にまともなやつ出てくる? まともでも嫌いなやつだったら?」
「いや、うん。普通にラベルを見ておにぎり買いたい」
疲れた顔で若菜が肩を落とす。その口の端は笑みの形に上がっていた。
「どうしたの?」
「唯愛が帰ってきたーって感じ」
「長らくお待たせしまして」
ゆるく笑って、唯愛は小さく鼻を鳴らした。
「ありがと、若菜。帰って来たよ」
「うん、お帰り」
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