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ファミレスで食事を終えて一息吐く。
そこで、那貴が静かに切り出した。
「和嶋は事故のこと、どれくらい知ってるんだ?」
一年前、冬空が見える晴天の日に交通事故があった。トラックの脇腹に自家用車が突っ込むという、自動運転が常識となった時代に極めて稀な交通事故。
自家用車は手動運転されていたことが確認されている。マニュアルの免許取得には高い料金と難しい試験通過が必要になるが、有資格者には手動運転が法的に許可される。手動運転を行っていた運転手は当時、治療のために薬を服用するようになり、日中に強い眠気に襲われることがあったという。
またトラックの積載物にも問題があった。超過積載された単管パイプが自家用車に追突された衝撃で荷崩れを起こした。過積載に加えて、その固縛に使用していた器具が一部破損していたことが原因とされている。
過失が重なり起きた事故は、現場に居た二人の高校生を巻き込んだ。雪崩を起こして落ちてきた単管パイプの下敷きになった学生たちは速やかに病院へと搬送された。
「ニュースで見たくらいだよ。詳しく聞こうにも誰に聞くんだって話だし」
「俺に聞けば--」
「馬鹿なのかな?」
「悪い」
「那貴に聞ける訳ないよ」
若菜がすまなそうに視線を逸らす。
「俺は積荷に吹っ飛ばされたから完全に下敷きにならずに済んだ。でも、唯愛は……。見たんだ。唯愛が積荷に押しつぶされるのを。悲鳴は無かった。上げられなかったからだ。唯愛の腕も足も、おかしな方を向いてて、それを俺は……」
若菜に話している、という風ではなかった。もうそれは那貴の独白で、若菜は急かさず、遮らずに、それを聞いている。
「……俺は、あの瞬間、唯愛は死んだと思った。助かってくれ、と思うより先に、助かる訳がないと思ったんだ。実際、右手と左手は駄目だったし、体の内側だっていくつも人工物に置き換えなければならなかった」
震える声を止めるように那貴が口を閉ざす。
「それでも、親父は生かした」
ぽつりと、口の隙間から溢すように、那貴が言う。
那貴と唯愛の父親、相佐敦也は有名な外科医だった。難手術を幾度となく成功させているだけでなく、脳機能の最先端研究にも携わる鬼才。
若菜も面識は無いが知っていた。唯愛の父親ということで調べたこともあるが、それ以上に唯愛が父親のことをよく話したからだ。
「お父さんが嫌い?」
「大勢の命を救い、更に多くの命を救うためにいつだって進み続ける人だ。病気や事故で脳の一部が損傷してしまった人のために補助脳を開発。実用レベルまで来ているのは有名だろ。自慢の親父だよ」
「唯愛も同じように言ってたけど、でも違うね。那貴の声は痛いくらいに冷たい」
そうか、と那貴が小さく呟く。那貴が完全に目を伏せて椅子に体を沈めていく。
「結局、俺はあの日に助からない唯愛を見て、それが目の前に居ると信じられないんだ」
那貴が自嘲する。
「最低だな。あの時、死んでいればよかったんだって言ってるようなもんだ」
沈黙が降りた。何も言わないまま周囲の喧騒だけが二人に届く。
「怒ると思ったけどな、和嶋は」
またぽつりと那貴が零した。
「怒らないよ。怒ることじゃない」
俯いたままの那貴は見ていないと知りながら、若菜は首を横に振る。
「ねえ、那貴」
若菜が呼びかける。
すぐに反応は無かった。
けれど、しばらくして変化が生じる。
那貴がゆっくりと顔を上げた。
若菜と目が合う。
「唯愛が居ることを受け入れられる日が来るといいね」
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