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私の目は見えなくなりました。正確には視力のほとんどを失い、わかることといえばなにかがそこにあるということくらい。色も形もざっくりとしたものです。だが、かまわなかった。本当ならばあの日、出ていくはずだった彼女と、今日までいられたのだから。そこにぬくもりはなくても、私は幸せでした。こうして冷たい彼女を抱きしめて最期を迎えられるのですから。
「お呼び立てして申し訳ありません」
「いえ、こちらこそくるのが遅くなってしまって」
「無理もない。海外出張中にご連絡さしあげたのですから」
「それで...」
「自殺と他殺の両面で操作を進めていますが、衰弱死の可能性も」
「中の様子を見ても?」
「現場検証は済んだのでかまいませんが...あまりおすすめはいたしません。なにしろにおいがまだ残っていますし、それに...少し気味が悪いと思われるかもしれないものがありますので」
「血痕かなにかですか?」
「いえ、等身大の人形...といいますか、よくできた人型の...あなたによく似たラブドールを抱きしめて、ご主人は亡くなっていたのです」
「人形、ですか...」
「動揺させてしまいましたね。鞄お持ちいたしましょう。また落としてしまうといけない」
「いえ、結構です。驚きはしましたが、主人が死んだことに比べたら」
「それもそうですね。おや、鞄が破れていたようだ。なにか落とされましたよ」
「本当だわ、気がつかなかった」
「銀行の封筒でしたか。どうぞ」
「ありがとうございます。でももうそれもいらないものなので」
完
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