目に見えることがすべて

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 愛する人を殺しました。それは私が行った最大の過ちであり、最良の選択だったと思います。  ささいな喧嘩は回を増し、それは私の彼女への執着からくるもので、どうにも耐えきれなくなった彼女はとうとう家を出ていこうとしたのです。すでに荷物はまとめてあったのか、ボストンバックを手に背を向けた姿に意思の強さを感じました。仕事で家を空けるときでさえ嫌な私にとって、彼女が私から離れるなんて、この家から出ていくなんて、許せなかった。だから私は刺しました。あくまでひきとめるために、キッチンにある包丁を手にし、彼女の正面にまわって廊下の壁に突き刺しました。私の本気を知ってもらうために。  それでも彼女はひかなかった。殺したければ殺せばいい、あなたといるよりはましだと。悲しかった。こんなにも愛しているのに、どうしてなんだと彼女の肩を揺さぶりました。押しのけようとする彼女と引きとめるようとする私たちはもみ合いになり、しだいに激しさを増しました。そうして手にしていた包丁が彼女の頬をかすめたとき、彼女は私の顔を叩きました。そのまま顔面を鷲づかみにし、指先に力を入れて顔ごと私を押しのけようとしたものですから、人差し指と中指が両目に食いこみ悲鳴をあげました。あまりの激痛に思わず彼女を振り切ると、短い声とともに鈍くなにかを突いたような感触が。視界が機能していないものですから、それがなにかは見えませんが、想像はつきました。だって膝をついてふれた床にはあたたかい液体がこぼれていたのですから。
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