0人が本棚に入れています
本棚に追加
酷く吹雪いた夜だった。
山へと作業に来た洋一と元治は、避難のため作業場の小屋で暖を取っていた。
「かなり吹雪きましたね元さん。明日の朝までに収まってくれるといいんですが」
「ここまで酷ぇ吹雪だ。今日中にとはいかんだろうな」
外は猛威を振るう吹雪、小屋の中には男2人。こんな光景どこかで……。
「洋一よ、この状況あれだな。雪女の話みてぇだな」
それだ、この状況は有名な童話の状況と酷似している。
「やめてくださいよ元さん。俺ホラー苦手なんですよ」
「はっはっは!んな情けねぇこと言ってるから女の1人も出来ねえんだよ」
「ちょ、それかなり傷つくから前にやめてって言ったじゃないですか。いいんですよ俺は。趣味に生きる人生で」
そんな会話で笑いが生まれ、少し冷たい心がマシになった。元さんは昔から人の心境を見るのが上手い。積年の会話術という物だろう。そのせいか昔から女癖が悪く、ツノの生えた奥さんが作業場へと殴りこんでくるのは珍しくもない。
「それによ、雪女っつうのはすげえ美人らしいじゃねえか。凍り付いてでもいいからその美貌を拝見してみて口説きたいね俺は」
「元さんは本当に……。そんなこと言ってたら本当に」
こんこん、と扉の方からノックがした。
「げ、げげ、元さん。今ノックとか、しませんでしたか」
「ば、バカいうな洋一。こんな夜中の吹雪の中、人が来るわけ」
こんこんこん、と再度扉が鳴る。
「げげげげげ、元さんんん!」
「わかった!ちょっと待ってろ。俺が出る」
元治は、恐れ恐れ右手に棒を持ち、ドアを開ける。
「すみません、吹雪に捕まってしまって、お邪魔させて貰えないでしょうか」
透き通る声で、どんな人でも魅了しそうな美貌を持つ女人が扉の前にいた。
雪女、と声が出そうになったが、それはイメージしていた真っ白い着物ではなく、登山などで用意る服装だった。
「ど、どうぞどうぞ、大変だったでしょう。男2人しかいねぇ狭い小屋ですが温まってください」
最初は少し怯えの入った声だったが、途中からトーンを変えて色気を出している。この男は本当に怖いもの知らずだった。呆れを飛ばして関心する。
「それでは失礼します。お邪魔しますね」
ぺこり、と洋一に向け頭を下げる。こんな美しい人がいたとは。見惚れてしまい、裏声で返事をしてしまった。
すぐさま元治の所へと行き、女人に聞かれないよう小声で話す。
「元さん元さん、雪女じゃなくてよかったですね。いや想像の雪女より美人で正直ヤバいです」
「だから言ったろうが、さすがにこんな時間の中でビビったが。じゃあ俺はさっそく口説きにかかるかね」
「ちょっと待っ」
止める暇もなく元治は女人の横へ行き、顔を決めて戦闘モードへとチェンジする。
「いやいや、こんな吹雪の中大変だったでしょ。お姉さんはどうしてここへ?」
「ええと……。登山をしていたら急に吹雪いてさ迷っていたらここに」
「それは運がよかった。どうぞ寛いでください」
「ありがとうございます」
さすが元さん、あっという間に距離を詰めて会話をしている。あの男は本当にいつか奥さんに氷漬けにされそうだ。
「明日、吹雪が収まれば麓へと送りますよ。今日はゆっくりお休みください」
「えぇ。本当にありがとうございます。素敵なおじ様」
「いやぁ男として当然のことっすよ」
決め顔で放つその顔に毎度ながらパンチを入れたい。しかし本当に美人な人で、つい視線を向けてしまう。
「自分は元治といいます。そこでお姉さんに見惚れてる男は洋一です」
「ちょ、元さん!」
「あら、嬉しいわ。私は雪といいます」
いかにも雪女を頭に過らせる名前に、一瞬元治も笑顔が固まる。
「こ、この状況で名前が雪さん。実は雪女だったりして」
「あら?バレました?」
その言葉に洋一と元治は凍り付いた。笑顔が失われた元治に雪さんがハッとする。
「冗談ですよ冗談。ふふ、可愛らしい反応ですね」
「で、ですよねぇ。怖い物知らずの元治もさすがにびっくりしちゃいましたよ」
「そ、そろそろ夜も遅いですし、休みましょうか」
そう話をはぐらかし、元治達は床へとついた。
トコトコ、と夜中に音がした。
足音で目を覚ました洋一は、ふと雪さんがいた方に目を向ける。
そこには、白い着物を着て、元治の枕元で立っている雪さんがいた。
「う、うわ」
声を出しそうになった瞬間、雪さんの手が口をふさぐ。その手は酷く冷たく、まるで本当に雪女のようだ。
「ごめんね。でもちょっとだけ待ってね。大丈夫。雪女だって人を殺めたりはしないわ」
その声と同時に、洋一は恐怖で気を失った。
目を覚ますと、雪はどこにも見当たらず、元治は眠っている。
「げ、元さん!元さん!」
「ん、お。洋一か。どうしたそんな慌てて」
「よかった。生きてる……」
はてなマークを浮かべる元に、夜中にあったことと雪がいない事を知らせるた。
「なんだそりゃ、お前夢でも見てたんじゃねえか?」
「そんな。だって雪さんが」
「外も吹雪は止んでるし、先に下山したんだろ。ほら、そこに手紙があるぞ」
目を向けると、雪の布団に手紙が1通あった。
元治さんへ
あまり女遊びはほどほどに。でないと、次は本当に氷漬けにしますよ?
雪より
その手紙を読み上げると、元はまるで凍ったような表情をしていた。
女癖の悪い男に雪女からの天罰。そんな話だったかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!