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「ごめん、君は彼女と別の人間だよね。彼女と別れたばかりで取り違えた」
唐突に差し挟まれた「彼女と別れた」という表現が、彼の精神状態の乱れを雄弁に語っていた。
核心へと続く扉が目の前に開かれているのを、私は強く意識した。順を追って事実関係を確認しなければならない。
まず取っ掛かりとして聞くべきことは……。
「『どんな僕でいたらいいか』とは、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。僕が君の恋人になるからには、君にとって最適な挙動をするべきだろう。
それが一緒に過ごす人への最低限の礼儀だと、僕は……」
やはり混乱した彼の精神の内では、私は彼の恋人ということになっているらしかった。
というか、そんなことを思って生きてきたのか、この人は。
事前に聞いていた情報では身勝手さばかりが際立っていたが、単に人生が不器用な人だとも思えてきた。
「……身をもって知った」
「えっ?」
「だから、一緒に過ごす人が望むように振る舞うことが、その人への最低限の礼儀だって、僕は自分の身をもって知ったんだよ」
どうやら、この彼の信条こそが、彼の仄暗い過去を解き明かす鍵のようだ。
思えば、この頑なさが、私が初めて見た彼という人間の本質だったのかもしれない。
「南さん、何があったのか話してくれますね?」
私が話の続きを促すと、彼は今までの支離滅裂さが嘘のように滔々と語り始めた。
彼が彼女に出会って、付き合うことになり、そして起きたことを。
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