3つ目 “絶対見たくない数字”

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3つ目 “絶対見たくない数字”

私が見たから。 私が見ちゃったから。 いや、ただの偶然かもしれない‥ だけどそれから、“あの数字”だけは見るのが怖くなっちゃった。 荒い呼吸と肌を伝う汗の不快感で 布団から飛び起きた。 11月に入り、肌寒くなってきたのにこのひどい汗。 今の悪夢のせいだ。 私の目が暗闇に慣れ初める。 壁際のベッド、 枕元の白色の目覚まし時計がカチコチ鳴っている。 乱れた前髪を気持ち直しながら時刻を確認すると、 午前3時57分。 あ、今58分になったけど。 だいたい4時か。 外はまだ暗いね。 夏ならそろそろ明るくなるくらいだけど、 もう冬になるから全然暗い。 眠気醒めちゃった。 ひとまずスリッパを履いて、自分の部屋を出る。 私は一人っ子だから小さい頃からこの子供部屋を独り占めしてる。 ドアを開けると正面に階段。 1階に行ってなんか飲もうっと。 ちなみに、私の部屋の右側に行くと両親の部屋がある。 私、もうお父さんはいないんだけどね。 お母さんも多分とっくに寝てる。 物音を立てずに静かに階段を降りる。 降りてすぐ右が玄関。 左にリビング。 リビングのさらに左がキッチンで、その正面に浴室。 キッチンに向かい、シンクの後ろの冷蔵庫を開ける。 (あ、昼間の天然水‥) 今日自販機で買った飲みかけのペットボトル天然水を見つけ、それを手にして冷蔵庫の扉を閉めた。 すぐにがぶ飲みする。 おいしい。 運動した後に飲んだ時みたいに全身に染み渡る感じ。 (‥あの夢のせい。) 汗が気になって仕方ない。 お風呂は寝る前に入ったけど、シャワー浴びようかな。 この汗と一緒に、私の身体にまとわりつくようなこのトラウマを洗い流したい。 脱いだパジャマを洗濯機に放り込み、 私はシャワーを浴びる。 熱すぎずに、ちょっとぬるま湯くらいの温度のこの雨が心地良い。 (大丈夫‥大丈夫‥) 目を閉じて自分に言い聞かせながら、 私は暖かい水をその身に受け止める。 『美彩』 頭を洗い終えて、濡れた視界の向こうに 声と人影を感じた。 身体をびくりと震わせ、 後退りしながら目をぱちぱちさせていると、 鏡に映った自分の姿があった。 誰もいない。 貧相な裸体が鏡の中からこちらを見つめているだけだ。 (‥いない、よね) 当たり前のことなのに、私はひどく安堵する。 あの夢のせいで私はおかしいのかもしれない。 でも。 “あの数字”を見たせいなのは間違いないの。 私は身体を洗ってから、鏡に向かって集中する。 見たくないはずなのに。 脳内で“それ”を反芻し、 自分自身を見る。 (待って、何してるの私) しかしもう間に合わない。 鏡の向こうの自分の姿が透け初め‥ 『また見るのか?お前は』 いつもなら数字が浮かび上がるタイミングで、 私の耳元で囁かれる憎しみの籠った声。 一気に集中が切れ、私は腰が抜けて派手に浴槽にお尻から崩れた。 鈍い音とともに痛みが下腹部後ろにやってきて、 そこでようやく寒気を感じた。 『っ‥』 恐る恐る鏡を覗き込むと、 透けていない、いつもの私が間抜けな体勢でこちらを見ていた。 痛みを実感したのはそのタイミングだった。 『いったっ‥』 お尻と背中が痛い。 しかも転び方が恥ずかしい。 でもそんなことはどうでもいい。 まただ。 あの夢を見ると、決まってあの人の声が、 姿が、 私に迫ってくる。 私が見ちゃったあの人が‥。 だから“あの数字”だけは見たくない。 私は鏡をできるだけ見ないようにして立ち上がる。 大丈夫。 もういない。 大丈夫、大丈夫だよ。 ……私はシャワーを止め、 脱衣場に出る。 タオル‥持ってくるの忘れちゃった。 もう、そろそろ明るくなるよね。 ‥早く、明るくなってよ。 誰にでも、トラウマとか心の傷はあると思う。 私の場合はこの“ある数字”に関する事。 見たくない。 もうあんな思いはしたくないから。 だけど見てしまう。 夢を見ると、あの人が現れて 私に“その数字”を見させようとしてくる。 無意識に見初めて、 ギリギリのところでいつも戻ってくる。 だから怖い。 その後のあの人の姿や声も。 いつか、あの人の姿もあの数字も また、しっかり見てしまいそうな気がして‥。 あなたには見たくないこと、思い出したくないこと そんな何かがありますか? もしないのならそれは とっても幸せなことかもね。 ……私は下着を履きながら、 洗面所のドライヤーを手にして 浴室を脱衣場から出た。
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