4つ目 “所持金”

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4つ目 “所持金”

『あ、やば。』 11月の頭のお昼休み。 私の隣の席の男子生徒、泉勇馬(いずみ ゆうま)が唐突に声をあげた。 『財布部室に置いてきちまった!』 『まじ?』 『ちょ、取ってくるわ』 剣道部仲間の男子数人に言い、泉君が教室を出ていった。 廊下を走りながら 『俺の財布~!』と叫んでいる。 お財布、か。 人にもよるけど、スマホと同じくらいなくしたら焦る物‥‥‥だよね。 私はスマホを弄る手を止め、 ふと考えた。 (みんな、いくらくらい入れてるのかな) 私はただの高校生。 バイトはしているけれど、大体お財布の中はいつも3、4万円くらいで とくに趣味とかはないから、だいたいこの金額で変動はない。 家のこと、購買でのお昼代、あとはこの前の結奈の時みたいに放課後に友達と軽くお茶しに行くくらいで 自分でもあまりお金を使っているイメージはなかった。 でも、みんなはどれくらい入れてるんだろ ちょっと気になってきたから、今日はこれを見てみよっか? (‥‥‥) 私が教室を見回し、何となく視界に入った 平原真歩(ひらはら まほ)という女子生徒を見てみることにする。 机で手鏡とにらめっこ中。 真歩はいわゆるギャルだ。 メイクが上手い。 授業中にメイクしててたまに歴史教師に怒られたりする。 でも基本的にサバサバしてて話しやすいから私は嫌いじゃない。 顔もかわいいし羨ましい。 『所持金』 勝手に見る罪悪感が少しあったが、あくまでも好奇心だ。 馬鹿にしたり、借りたり、ましてや盗んだりするつもりはない。 ふわり。 真歩の姿が透け、シルエットに変化する。 65874という白い文字が浮かんだ。 (あ、そっか‥‥‥) 真歩は最近、バイトを増やしたって言っていた。 だからきっとこんなに‥‥‥。 めっちゃ頑張ってるじゃん。 素直に偉い。 ちなみに、私の家からすぐ近くのファミレスで働いている。 (あとは‥‥‥) 私の一つ後ろの席に視線を向ける。 にやにやしながらスマホを見ている男子生徒、小田原 大河(おだわら たいが)を“見る”ために。 多分、にやにやしてるのはいかがわしいサイトを見てるからだと思う。 小田原君はクラス一変態だ。 顔は優しい顔してるし、何より地元の誰もが知る金属加工業会社の社長の息子だから 多分モテるんだと思う。 セクハラ発言の多さもクラス一だけど。 『所持金』 ふわり。 小田原君の姿が透け、 107089という白い文字が浮かんだ。 (10万!?10万円ってこと!?) 高校生からしたら10万円は大金だ。 たしか小田原君はバイトはしてないから、 お小遣いで‥‥‥ということになる。 月にいくらもらってるの‥‥‥? お坊ちゃま、恐るべし。 ‥‥‥そういえば、普通に小田原君、ギター好きだからって5万のギター買ったってみんなに自慢してた時もあったし‥‥‥。 金銭感覚が‥‥‥。 まあ、私には関係ないか むしろ勝手に見ちゃってごめんね。 とりあえず心の中で謝る。 彼はそんなことが見られていたとも知らず スマホの画面を見て不気味に笑っていた。 多分、いつも通りこの後男子数人とそういうトークで盛り上がるんだろう。 私は耐性があまりないから席を外す。 図書室にでも行こうかな。 嫌いとか苦手とかじゃないんだけど、恥ずかしいしやっぱり女子が近くに居たら向こうも気にしそうだから。 席を立ち、私は教室を出ようと歩き初めると、 小田原君の友達の小倉君と佐藤君が 『大河~!あのDVD貸してくんね?』 『次俺な!』 とか言いながら小田原君の席に向かって走って行った。 うん、良かった離れて。 そして、教室後ろのスライドドアを開けようとした時だった。 けたたましい足音が響き、すぐ後にドアが勢い良く開かれた。 『ひゃっ‥‥‥』 私はびっくりして小さく悲鳴をあげて後退った。 泉君だ。 息を切らして汗を拭いながら入ってきたのだ。 恐らく全力で走ってきたのだろう。 『あ、すまん橘‥‥‥』 『うん、大丈夫‥‥‥』 びっくりしただけだしね。 でもどうしたんだろう? 泉君はたしか置き忘れた財布を取りに行ったんじゃ‥‥‥。 しかし、その答えはすぐにわかった。 『やばい‥‥‥誰かに金、抜かれたわ‥‥‥』 泉君はそう言って、息を整えながら剣道部仲間の男子たちの元にふらふらと歩み寄っていった。 『は?まじ?』 『泉お前、財布あるじゃんかよ』 『あ、いや財布はあったんだ。でも中に入ってた金が‥‥‥』 美彩の耳にもその泉の言葉は聞こえていた。 (泉君‥‥‥) あんなに焦っている姿を見ると、可哀想になる。 いつもは真面目で、意外と優しい泉君。 そんな彼が困っている。 (‥‥‥) 私は少し考えてから、決めた。 (手助け、しよっかな‥‥‥) 泉君のお金を盗んだ犯人を探すと。 私のこの目で。
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