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5つ目 “泉君の事件”
昼休み中に誰かの報告が届いたのか、
生徒指導の飯田先生から泉君の財布の件について誰か知らないかと聞かれた。
5時限目が始まる直前なので私のクラス、1-Cは生徒全員が揃っていたが、
誰からも言葉は帰って来ず、
放課後に剣道部員を集めて確認する旨を伝えると飯田先生は出ていった。
5時限目は英語なんだけど
始まりはちょっと遅れるみたい。
まあそうだよね。
ひとまず授業中に少し考えた。
英語のノートを取りながら、
どうやって犯人を探そうか‥‥‥と。
状況から見て、剣道部員を“見る”のがいい気がする。
放課後に剣道部室に行くとして‥‥‥。
私が見えるのが、過去とか未来とかだったらなぁ‥‥‥。
それなら簡単に問題は解決する。
私が見えるのは、残念ながら数字だけ。
でも逆に言えば数字だけは見える。
(今日泉君の財布に触れた回数‥‥‥安直だけどこんな感じで見るしかないかな)
ちらりと右隣を見る。
泉君は真剣な表情でノートに向かっている。
内心では焦っているんだろう。
よくよく考えれば私が探す理由はない。
だけど、彼は別に知らない仲じゃないし
それに探せる可能性が私の目にあるなら
それくらいは協力したい。
11月21日に控えた文化祭もあるし。
楽しみたいから、ね。
あと15日か‥‥‥。
ふと考えが別の方向に行く。
この前結奈と話したあの日、文化祭の話題になったこと。
『文化祭でいい出会いがあるかもよ?』
悪戯っぽい笑顔で結奈が言ってた。
文化祭には他校の生徒や色んな人が来る。
確かに結奈が言うこともわかるけど‥‥‥。
仮にいい人がいても私から話しかけるのが難しい‥‥‥。
話すより、“見れば”だいたいその人のことはわかるし、何より話題もきっかけもない。
かと言ってナンパなんてものもされたことがない。
待って悲しくなってきた。
結奈は文化祭で章君に告白する予定みたい。
確か真歩も文化祭で章君に告白するって結奈自身が言ってたけど
どうなるんだろう。
私はどっちの応援をすれば‥‥‥。
気づけば、授業中は泉君のことより
文化祭のことで考えがいっぱいいっぱいになっていた。
それから6時限目を経て、
放課後。
私はちょっと早く教室を出て、剣道部室に向かった。
旧校舎2階。
体育館へ向かう階段のすぐ隣が剣道部室だ。
もちろん入ったことなんて一度もない。
何なら剣道をした経験すらない。
私は階段の方からじっと部室を見る。
あの部室に入る生徒たちを全員見ればもしかしたら‥‥‥。
だいたい1年生が最初に部室に来る。
体育館側から誰かが上がってきたら私をどう思うかな。
でも別に見てるだけなら何も言われたりはしない‥‥‥よね。
辺りを警戒しながら部室を見ていると、
早速1年生の生徒たちの話し声が近づいてきた。
『今日泉君の財布に触れた回数』
脳内で呟き、集中して数人の1年生部員たちを見ていく。
彼らが色無きシルエットになり、
白い数字で0と浮かんでは消えていく。
賑やかさが増した。
2年生や3年生の剣道部員たちが来たのだろう。
いつもならここで“見る”のをやめるが、
私はまばたきをしないまま、
引き続き、上級生たちを見ていく。
目も乾くし、ずっと集中していないといけないから、あまり長く見ていると力が抜けてしまう。
しかも対象は1人じゃないから尚更。
何度かそれで倒れたこともある。
だけど‥‥‥。
美彩は涙目になりながら1人1人を見続ける。
泉君も通りすぎた。
泉君が触れた回数は、4回だった。
でも泉君は先生にでも呼ばれたのか、
ちょっと練習に遅れると3年生に言い残し
去ってしまった。
多分お財布の件だよね。
それから何人かが通りすぎ、
ある2年生の生徒を見た時だった。
彼が今日、泉君のお財布に触れた回数‥‥‥
白い数字で、“3”と表示された。
(い‥‥‥いた!あの人!)
確か、市川って名前の生徒だったはず。
誰かからキツネみたいな顔って言われてた。
たしかに目細いしキツネ顔だ。
あの人が泉君のお財布を持って行った犯人の可能性が非常に高い。
美彩の集中が切れ、階段に座り込み、脱力する。
目がチカチカする。
花火を見た後みたい。
疲れたけど、犯人らしき人はわかった。
直接聞くわけにはいかないから
私は匿名で手紙を書いた。
メモ帳にあくまで可能性の話、と書いて
市川先輩の名前と泉君の財布の件を綴った。
それを破り、
剣道部室の泉君のロッカーに折り畳んで入れた。
剣道部員は体育館で練習が始まっていたから簡単にできた。
私にできることはこれくらいしかないし、
仮に、もし仮に市川先輩が犯人じゃなかったらごめんなさい。
用を済ませ、
私は体育館を少し覗いた。
剣道部員たちの踏み込む音、
竹刀の当たる音が響き初めていた。
2日後、
市川先輩が犯人だったらしく、
泉君のお金は無事に全額戻ってきたと女子の噂話で聞いた。
泉君は手紙のことは言ってなかったらしい。
うん、これくらいの手助けなら多分いいかな
文化祭も近いし、
これで皆で楽しめる。
そしてその流れで泉君が、同じクラスの高木莉子(たかぎ りこ)って子のことが好きなんだとも聞いた。
応援してるよ。
泉君。
‥‥‥あ、結局、真歩と結奈のことはどっちを応援したらいいのかな?
二人とも文化祭で章君に告白するみたいだし。
美彩が悩みに悩み、二人とも応援するという結論にたどり着くのはもう数日後の話。
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