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9つ目 “目”
『なん‥‥‥で』
『‥‥‥それって、どういう力なんですか?』
男の子の顔は無表情のままだ。
さっきまでとは雰囲気が違う。
少し恐怖を感じる。
周りの音が全く聞こえない。
私とこの人しかこの世界には存在しないかと錯覚してしまいそうな
『‥‥‥』
『もしかして 目に関係ありますか?』
心臓がどきりと跳ねた。
なんでわかるの‥‥‥?
『図星ですか あなたはわかりやすいですね』
『それを知って‥‥‥どうするの』
『‥‥‥探しているんです とある人を』
男の子は私をじっと見つめる。
まるで私が、数字を見る時のように。
彼の目は私を刺すように見て、少ししたらその視線は横に逸れた。
『あなたの目は何が見えるんですか』
『‥‥‥数字』
彼に気圧されて問いに答えてしまった。
まだ彼が何者なのかもわからないのに。
『具体的には?』
『えと 年齢とか身長とかそういう‥‥‥』
身長、と聞いた瞬間に彼の表情が和らいだ。
『そうですか 良かった あなたじゃなくて』
溜め息とともに彼はそう言って私に頭を下げた。
『驚かせてしまってすみません』
謝られた。
私が何も言えずにいると、彼はそのまま去ろうとする。
『ま 待って‥‥‥』
彼の足が止まり、こちらに目線が帰ってくる。
綺麗な顔に見とれそうになるが、
次の言葉を振り絞る。
『なんでわかったの? 私が人と違う力があるって』
『‥‥‥』
少しの沈黙。
言うか言うまいか悩んでいるようだ。
数秒してから諦めたように彼は答えた。
『俺も見えるんです 人とは違うものが‥‥‥自分にしか見えないそれが』
『え‥‥‥』
彼も‥‥‥私と同じ‥‥‥?
『待ってそれって』
私がさらに質問をぶつけようとしたタイミングですぐ近くに何人かの話し声が聞こえ、
それ以上の言葉を思い留まらせた。
そしてそれは彼も察知したようだ。
『人が来ますね 文化祭は明日もありますから また明日会えたら』
『え あ、はい‥‥‥』
なんか私まで敬語になっちゃった。
『じゃあまた明日‥‥‥』
『待って!』
去ろうとした彼をもう一度引き止める。
『何ですか』
『私は1年の橘 美彩‥‥‥あなたは?』
彼は歩き去りながら
『日向 蘭丸(ひなた らんまる)』
と言い残し、早足で入口の方に行ってしまった。
彼が去った後もしばらく私は動けなかった。
―――後程、教室に戻った私は、真美に怒られた。
置いてきぼりにしてしまったのでしっかり謝り、
なんで走り出したか聞かれたので知り合いがいたと言っておいた。
まあもう知り合いみたいなものだよね、
日向君とは。
後になって思えば、
あの電車の中で日向君とめっちゃ目合ってたの‥‥‥
もしかして、“見られてた?”
恥ずかしいな‥‥‥。
何が見える目なんだろう。
でも私の目のこともわかってたし‥‥‥
て言うかそもそもあんな綺麗な顔で見つめられたら普通に見える見えない関係なく恥ずかしいし。
『おい』
ぺしっと何かで頭を叩かれる。
後ろを見ると、真美が丸めた文化祭のプログラムの紙を持って立っていた。
『さっき回り損ねたから 午後一緒に回ってもらうからって何回も言ってるのに』
『あ、ごめん‥‥‥』
『ぼーっとしてないで さ、ほら行こ?男子も誘ってさ』
真美に言われて、私は我に帰った。
どうやら相当考え込んでいたらしい。
午後は一般公開が終わり、
生徒たちだけの文化祭へと変わる。
一緒に歩き出す中、美彩は思い出した。
『もう一人の方は今日はいないみたいだけど』
日向 蘭丸の言葉。
もう一人‥‥‥?
どういうことなんだろう。
考えてもわからぬまま、
美彩は真美たちとともに文化祭を楽しんだ。
そしてその頃、
天音西高等学校のすぐ近くの通りを歩く
日向 蘭丸もまた、一人考えていた。
(橘 美彩‥‥‥か)
標的とは違ったけど、
自分と同じ“見える人”に会えたことは収穫だろう。
しかしそれとは別に蘭丸はあることにずっと思考が向いていた。
(橘‥‥‥この苗字、どこかで‥‥‥)
互いに答えは出ないまま。
文化祭は1日目を終えたのだった。
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