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(元)オーナーはふらっと元自分の店だったコンビニエンスストアに立ち寄った。何のことはない、気になったわけでもない、近くを通りがかって寄っただけである。
「うわ、本当に店員がいない。噂には聞いていたが」
(元)オーナーは店内を歩き回った。かつて、自分が立っていたレジがあった場所には何やら仰々しい機械が一台置かれている。セルフレジとでも言うのだろうそれを興味深そうに眺めていた。すると、一人の男に声をかけられた。
「おう、店長じゃねぇか。久しぶりだな」
かつて、この店の常連であったトラック運転手だった。(元)オーナーが知らないだけで実は今も常連ではある。
「いえ、もう私は店長じゃないんですよ。ここの土地、コンビニ本社に譲っちゃったので、今は隠居してます」
「そうかい、ここも随分味気なくなっちまったよ。巨大で何でも売ってる自動販売機になっちまった」
「無人店舗ですからねぇ」
「揚げ物もなくなっちまった」
「油使いますからね。火事とか起こったら大事ですし」
「煙草も番号言わなくていい、ワンボタンで出てきやがる。自動販売機と何が違うって言うんだ」
「それはそれで便利ですよ。人の温もりとか店員の温かみとか古いですよ」
「店長さんがそれ言うんだ。寂しい時代になったもんだ」
トラック運転手は商品を入れた買い物かごをレジの上に乗せた。ディスプレイに金額が表示される。トラック運転手は千円札を投入口に入れ、出てきたお釣りを受け取った。
そして、レジより電子音声が聞こえてくる。
〈アリガトウゴザイマシタ〉
それを聞いた瞬間、(元)オーナーは既聴感を覚えた。かつて自分が店を去る時にエリアマネージャーから言われた感謝のない「ありがとう」の一言と同じに感じたのである。
おわり
この一店舗は一定の水準を超えた売り上げを達成し、このコンビニチェーンにおける無人コンビニエンスストアの魁かつ雛形となった。画期的な人件費削減に成功し、このコンビニチェーンは無人コンビニエンスストアを徐々に徐々に増やして行くのであった。同業他社もそれに追随し、無人コンビニエンスストアにシフトを始めている。
現在では大半のコンビニエンスストアから〈アリガトウゴザイマシタ〉の無機質な電子音声が聞こえてくる程である。
店舗清掃・商品納品は系列業者に委託、セルフレジのメンテナンスもPOSシステムによりコンビニ本社にて常時監視、故障等のトラブルがあれば専門スタッフが即時店に駆けつけ解決。
このように、無人コンビニエンスストアは店員を欠いた状態でも店が運営できるようになってしまったのだった。
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