スペシャルな義理の姉弟

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 直司の家には学園のアイドルだった女性がいた。何故、過去形なのかは追々説明するとして彼女は名を珠緒と言って大学4年生で直司の義理の姉だ。つまり直司の父、高雄の勤め先にパートタイマーの千賀子という女性がいたのだが、千賀子が離婚して稼ぎ頭を失ったので家計を支えるべくパートからフルタイマーで働くようになると、バツイチの高雄と前々から仲が良かったし接触する機会が増えたので恋仲に発展してその後も順調に仲を深めて再婚に至り、直司の継母になり、珠緒は千賀子の連れ子として直司の家にやって来た次第だ。  偶然は重なるもので千賀子はバツイチになる前から高雄と同じくA市に住んでいて珠緒はA市内にあるA大学に通っていて直司もA大学に通っていた。彼は一年生で珠緒を初めて見かけたのは大学の入学式が終わった後、必要な教科書を購入するべく大学の書店へ向かう途中だった。季節は勿論、春で満開に咲く桜の木をバックにしてベンチに独り座る彼女に目が留まったのだ。正に爛漫と咲き乱れる桜とは対照的にヒトリシズカの花のように文字通り独り静かに咲いていた。孤影悄然とではなく独りを誇るが如く孤高の存在として。賑々しくキャンパスを歩く学生たちに鑑みて差し詰め万緑叢中紅一点、或いは掃き溜めに鶴、或いは泥中の蓮といったところか。と言うのも彼女は高校時代、滑石で出来た勾玉のような艶のある白い肌を持った、稀に見るその美貌で生徒たちのみならず教師たちの憧れの的となり、言い寄る者が絶えずいたが、珠緒は恋人志望の男子生徒は悉く振り、肉体関係志望の男子生徒も教師も悉く振り、友達志望の女子生徒もほとんど振った。同志と成り得る者が皆無と言って良かったからだ。僅かに付き合いを続けていた女子生徒らも高校を卒業すると、同志と成り得ないのが珠緒には痛い程、分かった。彼女は謂わば秋水中の秋水、磨き抜かれた刀のように研ぎ澄まされた神経を持つ才気煥発とした切れ者で慧眼や審美眼を持っているお陰で洞察力が卓越していて周囲の者たちの俗物性を看破して幻滅し、自然とアウトサイダーとなるのだが、高校を卒業すると、付き合っていた者らも皆、俗世に順応しようと俗物予備軍だった者らと共に俗物になってしまうのを認めたからだ。大学でもそうだった。彼女が入った60年代70年代洋楽ロック研究会のサークル内にも同志と成り得る者はいなかったのだ。そのサークル名は名ばかりの普通の軽音サークルで時代の流れに何の節操もなく靡くような連中なのでライブハウスなぞへ行った日には今流行りのJポップスを演奏する始末であるのに対し、珠緒は本物のロックは60年代70年代の洋楽ロックにあると信じているから然もありなん。  だから直司が最初、珠緒を見た時、彼女はとっくの昔に上記のサークルを脱会していて既に皆から敬遠され、或いは煙たがれ、最早ちやほやする者も持て囃す者もなく孤立状態にあった。  直司は珠緒が嘗ては学園のアイドルだったのにそんな風になってしまったことを後で彼女の陰で囁かれる噂で知った。だからあの時、見たのは珠緒だったんだと噂を聞いてからピンと来た。彼も高校時代、ドロップアウトしてしまうような人間だったし、大学へ入学して2ヶ月経っても友達らしい友達が出来ずにいたから高雄に千賀子と結婚することを知らされた際、珠緒が養子として我が家の戸籍に入ると知った時の衝撃と感激と言ったらなかった。とは言え、これから義理の姉となる玉緒とどう接することになるのだろうと彼は兄妹は義理であっても結婚できないと思い込んでいたから余りに劇的な偶然をどう受け止めるべきか、結局の所、喜ぶべきことのようで喜ぶべきことではないと捉えた。何しろ彼は珠緒の境遇に共鳴していたし、それより何より珠緒を最初見た時から熱烈に恋していたから。にも拘らず徒でさえ彼は内気な性格なのに珠緒が美しい上、凛とした気高い態度によって僕が話しかけるなぞ畏れ多いと思わせるオーラを漂わせ、取り付く島もない気色だったから珠緒に一目惚れした時、声を掛けられなかった。  爾来、荏苒と時は流れ、2ヶ月余り経った後、高雄と多香子の結婚式を迎え、披露宴会場に入場する前、多香子と珠緒に会った直司は、継母より義理の姉に数倍興味があったことも手伝って文欽高島田に結った多香子の花嫁姿より振り袖姿の珠緒の方が格段に綺麗に見え、すっかり珠緒に魅了されてしまった。
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