1.突然の辞令と失恋

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1.突然の辞令と失恋

 ただでさえ憂鬱な月曜日の朝。  のろのろとロッカーで制服に着替えていると、隣の部屋から事務員の長田(おさだ)さんに呼ばれた。 「芦原(あしはら)さーん。所長が、ちょっと話があるってー」 「はーい」  大きな声で返事をしてから、私はこめかみを軽く押さえる。 「いたたたた……」  自分の声が頭の中で響いて頭痛がするほど、どうやら昨夜は飲み過ぎたらしい。 (ぜんぜん覚えてないんだけどね……)  肩を竦めながら制服に着替え終わり、営業所の奥の所長室の扉を「芦原です。失礼しまーす」と開けた瞬間、思い出したことがあった。 「あ……」  従業員と同じ、緑が基調の作業着を着て、グレーの事務机に座っている所長の右頬は、真っ赤に腫れている。  あれは確か、私が昨日力任せにひっぱたいた跡だ。  部屋の中を素早く見回し、他に人がいないことを確認して、私は顔の前で両手を合わせた。 「雅司(まさし)……昨日はごめんね」  わが『そよ風宅配便』御橋(みはし)営業所所長の稲森雅司は、私の顔を見て、苦虫を噛み潰したようなしかめ面になる。 「会社では名前で呼ぶな。いつも言ってるだろう……それにもう、お前とはそういう関係じゃない」 「え……?」  高卒でこの会社に就職してから三年。就業年数がそのままつきあった年数になる八歳年上の恋人は、ぷいっと私から顔を背ける。  昨夜二人で飲みに行き、前後不覚に酔っぱらってしまったことは覚えている。  そのあと、何かの理由で彼の頬をひっぱたいたことも――。  しかし詳しい事情は思い出せず、いつものように何か口論にでもなったのだろうと、私は改めて頭を下げる。 「申し訳ありませんでした」  下げた頭の上、はあっという大きなため息と共に、何かをさし出された気配があった。
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