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彼女が来てからは、何かが少しずつ変わっていった。
人と接する面倒くささが増えたが、彼女の持つ温かさが家を満たしていく。
彼女は自宅の1階をリフォームして着付け教室を開いた。若い主婦層をターゲットにしたようで、家の中に華やかさがあふれた。
二人は、彼女に僕が打ち解けるか心配していたようだが、問題は、むしろ僕と父との関係のほうだった。
中学3年生になって、1学期の終わりの三者懇談で父親が担任に志望校を告げた。
勝手に決めた進学先を聞いた時には、はらわたが煮えくりかえるかと思った。全寮制の超有名進学校。無言で三者懇談を終え、父親とは口もきかず、部活動のためグラウンドに向かった。
陸上部に所属し、中距離で地区大会を勝ち抜いていた。そのため、更に上の大会への出場を控えていた。追い込みをかけてもよい時期だから、記録の測定やタイム走などハードな練習メニューをこなした。その後、無心に筋トレやストレッチをして7時過ぎに家に戻った。
「追い出す気かよ。」
家に帰り、冷めた声で尋ねる僕に、慌てたのは亜弓さんだった。
「私の母校だ。」
淡々と父は答える。
「どうせ、邪魔なんだろ。」
「もしかしたら巧は、おじいさんの病院を継ぐかもしれないんだ。そのためには高校から考えた方がいい。」
全く表情を変えない父親に苛立ちが募る。
「邪魔なんだろ。俺がこの家にいるのが。答えろよ!!」
「巧君、お父さんにそんな言い方!」
「母親みたいなこと言うな!」
彼女の表情が固まった。しまったと思ったが、口に出したことはもう取り消せない。
彼女はこらえるように唇を噛んで、感情が収まるのを待ってから口を開いた。
「私のことはいいの。というより、あなたの言う通り母親じゃないし、母親らしくもないわよね。でも、正志さんのことを悪く言わないで。邪魔だからなんてことじゃなくて、あなたのことを考えて選んだの。本当よ。あいつが家からいないなんて寂しくなるけどって言っていたもの。顔を合わせれば言い合いばかりだけどって。」
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