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いよいよ折れ所がわからなくなった。
彼女が言っていることは理解ができるが、「正志さん」という呼び方にカッとなった。普段は自分の前では『お父さん』と言うのに。
「自分のことは自分で決める!」
大声で怒鳴って、自分の部屋に戻った。
夕食を食べ損ねて、夜中どうしても空腹に耐えかねて、誰もいないはずの台所を探りに階下に降りてきた。
しかし、誰もいないと思っていると、父親が灯りをつけないまま、リビングで白黒の古い映画の画像を見るともなく眺めて酒を飲んでいた。
冷蔵庫を探るより、コンビニに行こうと体の向きを変えたとき、気付いていないと思った父親がこちらを見ずに言った。
「こちらに来なさい。」
返事をしないままゆっくり近づき、とりあえず父親の後ろに立つ。
「進学先は頭を冷やしてよく考えろ。何が自分にとって一番いいか。それで決めたことなら、どこでもいい。」
父の言うことが意外に思えた。
「亜弓のことだが、彼女は母親としてはまだ若い。思うようにできないことがたくさんあるし、巧も納得のいかないこともあるかもしれない。でも、一つだけ伝えておく。結婚するときに彼女は私との間に子供は設けないと言った。…それは、お前のためだと思う。不安を巧に与えたくないんだ。女性なら、普通子どもが欲しいと願うことだろうに。中学生に言うことでもないかもしれないがね。」
僕は、こぶしを握り締めて、ただ立っていた。怒りをこらえていたのか、痛みに耐えていたのか自分でもよく分からない。
「でも、亜弓につらく当たるのはやめてほしい。不満があるのは私に対してだろう。全部、私に向けてくれていい。」
それだけ言って、父親はリモコンでテレビを消し部屋を出て行った。
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