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3/2(火)
人は、自らと似ていて、それでいて違うものを恐れる。最近人気だと言われている漫画も、悪役は人の形をしているが、明らかに人ではない姿をしている。例えば、目が複数あったり、舌が異常に長かったり。そう言えば別のゲームでは、バッドエンドの一つとして腕が増えるというルートもあった。
勿論、マイナス要素、つまり人間としてのパーツが少ないことも恐怖の対象となりうる。ホラー映画に出てくる幽霊は、大概顔を見せないものだ。片腕、片足が無い存在は、どこか不気味に見えるだろう。戦争映画か何かだったか、四肢を爆弾で吹き飛ばされ「殺してくれ!」と泣き叫ぶ戦士のシーンを思い出すと、背筋に悪寒が今でも走る。
結論を言おう。人は、少なからず私は、人の形をした人ならざるものが怖くて仕方がない。
「だからカガミ、持ってくる絵本はちゃんと絵に目を通してからにしなさいって言ってるだろ」
「ごめんなさぁい」
でも、と唇を尖らせる少女、カガミの手に絵本を押し付ける。絵本の内容は悪いものではない。事故で片目を失った少年が、友人たちとすれ違いながらリハビリを頑張る話だった気がする。文章ならまだ読めたが、これは絵本だ。絵本なら、当然だが絵がある。しかも、大量に。
「でも、お医者さんの出てくる話だから、その……メズラ先生のお手伝いになるかなって……」
メズラ先生、というのがこの場所での私の呼び名だ。私のかすかに残った記憶は、私が医者であったことを覚えている。その影響か、しばしば「先生」と呼ばれることがある。未だに、何だかくすぐったい。
「その心遣いは嬉しいさ。嬉しいけれど、頼むからこの手の話は勘弁してくれないか」
そう言って私は卓上の本に手を伸ばす。読みかけのそれを開けば、カガミは絵本を置いて私の手元を覗き込んだ。
「それ何の本? 面白い?」
「外国の作家の本。宇宙から来た怪物に、人々が立ち向かうんだけど手も足も出なくてどうしようもないって話」
面白そうだろ、と冗談っぽく笑えばカガミは首を傾げる。彼女はその見た目に相応な、子供らしい話を好む。勧善懲悪、ハッピーエンド。そう言った絵本を持ってきては、読み聞かせしてと私にせがむ。勿論文字は普通に読めるはずなのだが、何度「一人で読めるだろ」と言っても持ってくるものだから断るのも忍びなく。今となってはもう断ることもせず、読み聞かせを始めることが多くなった。
「そういうの、あたしには全然わかんない。ねぇメズラ先生、今度はもっと面白い本持ってくるから、それ読んで!」
「はいはい」
カガミの言う本は、大抵絵本のことだ。いつぞやに「たまには厚い本でも読んだらどうだ」と言ったら、六法の読み聞かせをせがまれて困ったから、もうそこに突っ込みはしない。
絵本をぎゅっと抱えたカガミが、ばいばーいと叫んで私の部屋を出る。見えるか分からない彼女に軽く手を振り、私は開いた本に視線を落とした。
ふと、視線を感じる。視線の方を振り返っても、そこにあるのは姿見だけだ。立ち上がり、姿見に近づく。鏡に映る像の私と、目は合わない。目元を覆う仮面に手を伸ばす。「畸」と書かれたそれは「めずらしい」と読むそうだ。畸しい。その送り仮名が無いから、めずら。なんて分かりやすい名前だろう。
仮面を外す。ようやく、鏡の中の自分と目が合う。しかし、その視線は一つ足りない。右目にぽっかりと開いた眼窩が見える。そこに、光は差し込まない。その暗さに、闇に。何より、そんなものが自分の身体にあることに震えが止まらない。
急いで仮面をつける。あの視線は何だったんだろう。つ、と姿見に指を添えるが、分かりはしない。こんな時は、気分転換をするに限る。食堂でおやつでもつまもうか、などと考え、私は部屋を出る準備を進めた。
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