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3/6(土)
血が怖いって言っても、誰も文句を言う人はいない。けれど、そうした人の大半は私の血のビビリ様に「そこまでしなくても」とため息を吐くことだろう。
ぬらぬらと光る赤黒い液体が身体の中を走っていると考えるだけで嫌だ。手首にうっすらと浮かびあがる青い血管は、何だか人間じゃないものを感じてしまい嫌になる。そして、傷口からぷっくりと膨れ上がる血。それが他人のであろうと自分のであろうと、その嫌な輝きは私の背筋に悪寒を走らせる。
誰かが怪我をしようものなら、私は悲鳴を上げてその場を走り去ることだろう。自分が怪我をしたら、もうどうしようも無いのだけれど。
「じゃあ料理とかどうするんだ? 生肉とか、たまにちょっと血残ったりしてるだろ」
「私が包丁握るわけないじゃない。怪我したらどうするのよ」
ふん、と鼻を鳴らしてピザを頬張る。釈然としない顔で首を傾げたヴィシテは、折りたたんだピザの耳を口に押し込んだ。
「逆にヴィシテは料理するの?」
「馬鹿を言え。包丁なんて尖ったもん、落としたらどうするんだ」
ヴィシテは尖ったものが嫌いだ。彼の部屋にはペンもハサミもワインオープナーも無い。けれど、刺さりそうなものじゃなければ良いらしい。だから、今食べているピザなんかは、切った先が鋭利でも普通に食べられる。
「そして何でお前はしれっと俺の部屋でピザを食ってるんだ。ご丁寧にジンジャエールまで持参しやがって」
「だってピザ食べたいなーって思ったら、ピザ運んでるスタッフさんとすれ違って」
「答えになってない」
ため息交じりにヴィシテが呟く。ここには売店や食堂の他に、ネットで注文をすれば部屋に直接届けてくれるデリバリーサービスもある。金銭は発生しないが、あまりにも無茶なものを頼むと怒られる。いつぞやに冗談で北京ダック丸々一匹を頼んだら次の日、一日中実験漬けにされたことがあった。あれはもう、勘弁してほしい。
「でも足りなくなると思ったから、一緒にチキン買ってきてあげたじゃない。骨なしチキン。あぁ、私ってなんて気が利いてる!」
「気が利いてる奴は人の部屋に押しかけてピザを食ったりしないんだぞ、チェイテ」
そんなことを言いつつも、ヴィシテはチキンに手を伸ばす。チキンの大半は彼の胃袋に消えている。おかげでピザの半分くらいは私が食べられた。ウィンウィンの関係ってやつだ。
「ん-、私この辺でギブアップかな。ごちそーさま」
ウェットティッシュで指を拭き、両手を合わせてヴィシテにお辞儀。最後のピザを飲み込んだヴィシテは、あきれ顔で箱を潰した。
「ごちそーさま、じゃないんだよ。俺の昼飯邪魔しやがって」
「いいじゃない。美少女と一緒に食事ができて」
「はぁ?」
何言ってやがんだと言わんばかりのヴィシテ。そんな彼に可愛くウィンクをしてあげる。ピースも添えてみる。今日イチの大きいため息を吐いたヴィシテは、横に置いていたビニール袋に箱を押し込んだ。
「ほら、飯食い終わったんだから帰った帰った」
「なーに言ってんの! 私が何のためにジンジャエール1.5Lを持ってきたと思ってるのよ」
そう言ってヴィシテの部屋のテレビ台、その下の棚を開ける。そこに詰め込まれたDVDの中から、私は一つ取り出した。
「ピザ見たら映画も見たくなっちゃって。ねぇ、これとか面白そうじゃない」
「お前、俺の部屋を何だと思ってるんだ?」
あきれ顔のヴィシテがゴミを捨てにキッチンへ行く。そこから戻ってきた彼がポップコーンとお皿を持ってきたのを見て、私はDVDのケースを開けた。
チェイテって名前はたまに聞くことがある。昔あった、お城の名前だ。そこに住んでたお姫様が凄い人で、永遠の若さを保つために女の子の血を浴びていたってお話が残っている。
それも結構有名な話らしくて、お話を振られることがよくある。けれども、私はそんなことをしない。血のお風呂なんて逆に身体が汚れそうだし、臭そうだし。何より、指先をちょっと切ったくらいで悲鳴をあげる私が血のお風呂に入れるわけがない。そんなわけはない。きっと、おそらく。
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