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今日、カワウソの花子が息を引き取った。
花子は母親のお腹にいる時から担当になったが、小さく生まれたせいで体が弱く、とても神経を使って大事に育ててきた。そのせいか、気が弱く甘えん坊で、俺の姿を探して、よく鳴いていた。
最近、ちょこちょこ体調を崩していたが、カワウソとしては天寿を全うしたと言ってもいい。
小さな棺に、花と好物の魚を入れてやり手を合わせた。
「花子、たくさんのお客さんを楽しませてくれて、ありがとうな。お疲れ様。」
そっと蓋を閉めて送り出した時、寂しさで胸が詰まったが、不思議と涙は出なかった。
今日の作業を終えて帰ろうとした時、ふいに肩を叩かれた。
「おい、小山。献杯なら付き合うぞ。」
この水族館に努めて20年来の親友が声をかけてきた。痛みが分かる仲間だ。
「佐藤、ありがたいが、今日は帰るわ。ここ三日間泊まり込みだったからな。」
「そうか。いつでも付き合うぞ、遠慮なく声かけてくれ。」
同僚と別れ自宅へと急いで帰った。ヘトヘトだった身も心も。
「ただいま。」
電気を点け、誰もいない部屋に帰宅を告げる。
夕飯は何もする気が起きず、カップラーメンを腹に流し込み、早々に寝床に向った。
久しぶりに自分の布団に潜り込んだが、なかなか眠れなかった。
いったい動物の魂はどこへ行くのだろう?
天国があるとしたら、臆病な花子は、ちゃんと行けただろうか?
そんなことをつらつらと考えているうち、いつの間にか眠りに落ちていた。
とても美しい川岸の岩の上に、元気な花子の姿があった。
仲間たちと、どこまでも自由に、川に潜ったり泳いだりして遊んでいる。
ここが花子の天国か・・・
いいところだな・・・
よかったなぁ、本当によかったなぁ・・・
花子の夢を見た翌朝、カワウソ展示場の扉を開けた。
一目散に走ってきて、足に絡みつく甘えん坊の花子はもういない。
花子のお気に入りの岩場に向って、話しかけてみる。
「俺が心配していたから、見せてくれたのか?花子。」
その時、花子の鳴き声が聞こえた気がした。
そうか・・・俺のほうがお前に甘えていたんだな・・・
今まで、ありがとう、ありがとうな・・・
俺は大丈夫だから、明日からはお前無しでも頑張るよ・・・
涙がこぼれないように天井を見上げた。花子が心配しないように。
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