28人が本棚に入れています
本棚に追加
糸杉の家
客間に通された私はソファーで待っていると、ラサは茶器とパウンドケーキを運んできた。
「ブラウン先生、朝食、お済みじゃないのでしょう? お口に合うかどうかわかりませんが、どうぞお召し上がりください」
ラサは一人掛け用椅子に座ると、ポットをかたむけ茶碗に紅茶を注ぎ入れた。押し黙るラサに、手持ち無沙汰の私は、視線を窓の外に移した。影絵のような糸杉の間から灰色の海原が広がっていた。
コツコツ、ドンドンドン、屋敷のどこかで、微かに釘を打つような響きが聴こえてきた。
「こんな朝早くから工事ですか?」
不思議に思った私は尋ねた。
「 何のことでしょう?」
「金槌でも使っているような音がしたものですから」
「気のせいですわ。あっ、でも、もしかしたら、鎧戸のネジが外れたのかもしれません」
「なるほど、それなら、修理を頼まなくてはけませんね」
「ええ、そのうち」
「窓ガラスが割れてしまってからでは遅いですよ?」
「どこかが壊れるのは、この家では日常なのです。ーー先生お召し上がりください。私は母の様子を見て参ります」
ラサは言葉を濁すように席を立つと部屋を出ていった。
マントルピースにラーソン家の写真が飾ってあった。不思議なことに、どの写真立てのはめてあるガラスが割れていた。
暫くして、ラサは浮かない顔をして戻ってきた。
「先生、母が今日も無理だと申しまして……」
頬に掌を当て、顔を背けている。
「診察しませんと薬は処方できませんよ」
今日で二度目。電話で往診を頼むのに、屋敷に出向くと断る。なにか理由があるのだろうかと私は不審に思う。
「すみません……」
「顔をどうかしましたか?」
「いえ……」
「もしや、お母様にぶたれた?」
ラサはうつむき小さく頷いた。
「見せてごらんなさい」
私はラサをソファーに座らせると、隠している手を取った。ほんのり頬は赤みを帯びていた。
「お母様はいつもこんなことを?」
最初のコメントを投稿しよう!