糸杉の家

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糸杉の家

 客間に通された私はソファーで待っていると、ラサは茶器とパウンドケーキを運んできた。 「ブラウン先生、朝食、お済みじゃないのでしょう? お口に合うかどうかわかりませんが、どうぞお召し上がりください」  ラサは一人掛け用椅子に座ると、ポットをかたむけ茶碗に紅茶を注ぎ入れた。押し黙るラサに、手持ち無沙汰の私は、視線を窓の外に移した。影絵のような糸杉の間から灰色の海原が広がっていた。    コツコツ、ドンドンドン、屋敷のどこかで、微かに釘を打つような響きが聴こえてきた。 「こんな朝早くから工事ですか?」  不思議に思った私は尋ねた。 「 何のことでしょう?」 「金槌でも使っているような音がしたものですから」 「気のせいですわ。あっ、でも、もしかしたら、鎧戸のネジが外れたのかもしれません」 「なるほど、それなら、修理を頼まなくてはけませんね」 「ええ、そのうち」 「窓ガラスが割れてしまってからでは遅いですよ?」 「どこかが壊れるのは、この家では日常なのです。ーー先生お召し上がりください。私は母の様子を見て参ります」  ラサは言葉を濁すように席を立つと部屋を出ていった。  マントルピースにラーソン家の写真が飾ってあった。不思議なことに、どの写真立てのはめてあるガラスが割れていた。  暫くして、ラサは浮かない顔をして戻ってきた。 「先生、母が今日も無理だと申しまして……」  頬に掌を当て、顔を背けている。 「診察しませんと薬は処方できませんよ」  今日で二度目。電話で往診を頼むのに、屋敷に出向くと断る。なにか理由があるのだろうかと私は不審に思う。 「すみません……」 「顔をどうかしましたか?」 「いえ……」 「もしや、お母様にぶたれた?」  ラサはうつむき小さく頷いた。 「見せてごらんなさい」  私はラサをソファーに座らせると、隠している手を取った。ほんのり頬は赤みを帯びていた。 「お母様はいつもこんなことを?」    
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