最果ての地

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最果ての地

 朝霧(あさもや)がかかる中、診療所を出発した。枯れ草が続く荒涼とした原野を海に向かって、私は車を走らせた。流れゆく風景の中に、ぽつりぽつりと宿り木だらけの木が点在していた。  やがて、荒れ地の向こうに海が見えてきた。未亡人たちが暮らす屋敷への道のりは、海岸線に沿って弧を描くように続いている。絶え間なく吹きつける潮風に、防風の意味合いで植えられたのだろう、屋敷の異名である黒々とした糸杉が建屋を囲むように、細く長く天に向かって伸びていた。  糸杉の真下は切り立った断崖絶壁が海に向かって垂直に落下していた。白波が岩にあたり、砕け散ってゆくさまが見えた。都会育ちの私には、この殺伐とした風景は少々荒過ぎる。いよいよもって最果ての地に来てしまったのだと実感するのだった。  モローを探しにきた探偵はこの辺りで発見された。半年前、忽然といなくなった友も、粗暴な海の藻屑と消えたのかもしれない。  乗用車の速度を落とした私は、墓地のにように侘しい鉄門をそろりと越えた。  車を降りると玄関ポーチを上がった。呼び鈴を押そうと手をのばす。だが、先に玄関ドアが開いた。車の音を聞きつけたのだろ。痩せた背の高い女が出てきた。 「ブラウン先生、無理言ってすみません」  歳のころは三十歳前後といったところだ。ラサは喪に服したような真っ黒いドレスを身に着け、黒髪を無造作に束ねている。夫に先立たれた未亡人が、足の悪い年老いた母親を、この辺境の地で、たった一人でみていた。  私は屋敷の薄暗い玄関ホールに招き入れられた。まるで中世の教会を思わせるゴシック建築だった。壁を飾るアーチ状のレリーフに不気味なガーゴイルの彫刻が施されていた。足を踏み入れた途端に、家全体がミシミシと(たわ)んだような気がした。  強風が屋敷を揺らしたのだろうか?  「ここは風がきついですね」 「ええ……」 「お母さんのお加減は?」 「それが……先生すみません。母はついさっき落ち着きまして、今は寝ています」 「そうですか。でも、せっかく来たのですから、寝ていてもかまいませんから、診察しましょう」 「先生、母はとても気難く、敏感なんです。突然、起こすと何をするか判りません。少ししましたら起きますから、その間、待っていただけませんか?」  その表情は気の毒になるほど怯えていた。九時の診察まで三時間ほどある。まだ間に合うと判断した私は、母親が目を覚ますのを待つことにした。  
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