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ラサが答える前に、地響きが轟いた。それは、まるで家の前をローラー車が通り過ぎたように小刻みに屋敷を揺らした。
「これ、風ではありませんね?」
「絶壁の岩が崩れたのかもしれません……」
「崩れる? そんなことがあるのですか?」
私は両手でラサの顎の骨格に触れる。
「口を動かしてみてください」
「年々母のわがままが酷くなり、もう手に負えません」
ラサは顎を動かす代わりに言った。
「一人きりでお母様の面倒を診るのは大変です。前任のモロー先生のカルテが見当たらないので一概には言えませんが、高齢の方が怒りっぽくなるのは、認知症なども考えられます」
「認知症ですか……」
「頬骨は異常ないみたいです。ーーそれで最近お母様に変わったことは?」
「十年ほど前から車イスから降りなくなりました」
「排泄やお風呂は?」
ラサは”シッ”っと唇に人差し指を当て、聞き耳を立てる。
「先生、母は異常なほど勘が鋭くて、噂されるのを嫌います」
先ほどからテーブルにある茶器が小刻みに揺れていた。ゴロゴロギシギシと至る所で音がする。
「この揺れは、風や岩の崩落ではなさそうです」
「先生、実は、母はオカルト崇拝者なのです」
ラサは小声で言った。
「どういうことです?」
「このさい、正直に打ち明けます」
「母が悪魔と交信すると家が揺れるのです」
「まさか……。医者の私がそれを信じろと?」
「モロー先生も同じことをおっしゃいました。そしてこうも。自分に何かあったらブラウン先生を頼りなさいとも……」
「モロー先生が? 私を? なぜ」
「先生は、私のことをとても親身になって心配してくださったんです、ですが……」
ラサの話がこれからというときに、屋敷に似つかわしくないほどけたたまししく、ベルが鳴った。未亡人の青白い顔から血の気が引いた。
「こんな時間に誰かしら?」
それから、玄関ホールに視線を向けるとこう言った。
「先生、テーブルの下に隠れていてください」
「え?」
私は驚いた。
「お願いですから言う通りにしてください。今の呼び鈴で母が目を覚ましたかもしれません」
ラサは慌てて玄関ホールへと向かった。
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