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君に決めた
「では、こちらの女性などはいかがですかな?」
「だから、今は誰も娶る気などないと言っているだろう」
「陛下……そうは言っても、あの日からもう3ヶ月です。お世継ぎのこともありますし、妻の一人でも迎えなければ」
「いやじゃいやじゃ! また殺されそうになったらどうするのじゃ。その新しい女が命を狙ってこない保証はどこにある!」
「んな無茶な。そもそも、女ごときに刺されそうになるなんて情けないです。その位ねじ伏せられなくてなんで皇帝を名乗れますか!」
「うぐっ。わ、私は武人ではないぞ」
「でも、男でしょう」
「とにかく、嫌なものは嫌なのじゃ!」
「わがまま言わないっ!」
……ガチャンッ
遥星と、彼の幼少期からの教育係である内務大臣が言い争っているその時、衝立を隔てた向こうから物音が響いた。
「……向こうには、雑具しかないはずですが……見て参りましょう」
大臣はそう言って、物音のした方に向かった。
。.。.+゜*.。.*゜+.
「んん……」
顔が、冷たい。
自分が床に倒れているのだと自覚したのは、それを感じてから数秒後だった。まだ身体を動かす気になれず、横たわったまま頭を起こそうと試みる。
誰かが、話す声が聞こえる。
(男の人の声?)
娶るだとかお世継ぎだとか、意味は知っていてもおよそ詩音の日常生活では聞くことのない言葉が耳に入ってくる。
(もしかして、こないだの?)
起き上がろうとしたその時、机に後頭部を強かにぶつけて、その痛みに悶絶する。
頭をさすりながら身体を起こそうとした時、冷たい声が背後から聞こえた。
「おい、貴様、どこから入った」
後ろから急に聞こえた低音に、一瞬身体が強ばる。
そろそろと振り返ると、長い棒を握りしめた髭の長い男性がこちらを睨みつけていた。
(やっぱり、間違いない)
――こないだの、妄想世界。(仮)。
前回の真っ暗な部屋とは違って、今は昼間なのか明るく部屋の様子がよく見える。
あの特徴的なガチャガチャ格子の窓、間違いない。
――って、分析してる場合じゃない。また鼻先に何か突き付けられてるし……
ここで答えられなきゃ囚われちゃうってオチ? えっと、考えろ考えろ考えろ私……
詩音が男性と目を合わせたまま思考をフル回転させていると、衝立の向こうからもう一人がひょいっと顔を出した。
「大臣、誰じゃ?」
「いけません、陛下!」
(あっ)
「詩音」
あの時の彼――蒼 遥星が、そこにいた。ぱっと表情が明るくなったかと思うと、少し逡巡してから口を開いた。
「大臣、大丈夫だ。下げて良いぞ」
遥星はそう言って大臣に武器を下げるように命じ、詩音の方へ向かってつかつかと歩み寄ってきて、彼女の手を取った。
「詩音、ダメじゃないか、隠れて居ろといったのに」
「あ、あの……」
何を言われているのか理解できなかったが、何かきっと理由があるのだろう。ここは話を合わせる方が賢明だと詩音は判断した。
家族に内緒で飼ってた犬か猫みたいな扱いか、とのつっこみは心の中にしまった。
「ご、ごめんなさい」
「陛下、ご説明を」
間髪入れずに、大臣が遥星に問う。
遥星は詩音を立たせると、その肩を抱いて大臣の方へ向き直らせて、こう告げた。
「大臣、今決めたぞ。この女性を、私の妻――ひいては、皇后とする」
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