仔犬のお願い2

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仔犬のお願い2

 扉の閉まる音とともに、静寂が広がる。 「あの……」 「えぇと、ちょっと、ゆっくり話そう。茶でも淹れるから、そこに座っててくれるか」  そう言って遥星は、部屋の隅にある小さな台所のようなところへ向かった。 (お茶、好きなんだな、この人)  詩音は指定された席に腰を掛け、遥星が戻ってくるのを待った。 「すまない、菓子は切らしていて、茶だけなのだが良いだろうか?」 「え、あ、はい、構いません」  先ほどのやり取りは何だったのかと思うような、穏やかな空気に一瞬にして包まれる。  淹れてくれたお茶の湯気を眺めていると、遥星が先に口を開いた。 「詩音、先ほどは突然のことで驚かせてすまなかった。あれから3ヶ月……久しぶりだな、また会えて良かった」 「3ヶ月、ですか?」  詩音の方では、3日しか経っていないのに。  詩音は、あの日狙われる遥星を庇ったあと、元の世界に戻ってわずかばかりの日常生活を過ごしたこと、前回同様に夜空の星を見ていたらこちらに来たことを話した。  遥星は、特に疑うようなそぶりもせずじっと耳を傾けていてくれる。  あの日、矢が飛んできたあとどうなったのかを尋ねると、羽織だけ残して突然姿が消えたということを教えてくれた。矢を放った暗殺者はすぐに逃げてしまい、捕らえることはできなかったそうだ。 「あの時のことは、私が衝撃のあまりに見た幻か何かだったのかとも思った。そなたは否定したが、やはり天女だったのではないかと。だが、そなたの見せてくれた宝石が残っていた。だから、きっとまた会えると、信じていたぞ」  遥星は、懐(ふところ)から例のネックレスを取り出して見せた。 「返さないとな。ずっと持っていて悪かった」  すっと差し出されたそれを、詩音は条件反射で受け取った。 「あの、それで……さっきのお話、一体どういうことでしょうか? 私、話についていけていません」  詩音は待ちきれずに、自分から問いかけた。  何か事情があるのだろうが、当事者のはずなのに置いてけぼりなことがどうも腑に落ちなかった。 「あぁ、あれな。一つは、そなたの身の安全のためだ。私の恋人扱いでもしない限り、どうあがいても不審な侵入者だ。捕らえられる他、道はなかっただろう」 「そ、それはそうかもしれませんけどっ。でも……」 「后にすると、いったことだろう? 実は最近な、大臣が結婚しろしろとうるさくてな。でも、そなたも知っておろう? あの日、妻となるはずだった女に刺されそうになって以来、女は近づけたくないのじゃ。どいつもこいつも信用できるものではない」 (う、うーん……大臣の台詞「そんなんでどうする」をそのままぶつけたい……) 「后なんかいらぬと言っているのに、大臣は世間体がどうとかでどうも納得してくれなかったんだが。そんな話をしている時に、そなたがまた現れた」  遥星は饒舌に、しかし内容としてはふにゃふにゃしたことをしゃべり続ける。 「詩音はあの日私を助けてくれただろう。あの時に会話をして、私に対してなんの野心も敵意もないことはわかっている。これは、天の采配だと、そう思った。私は、誰かしら皇后を迎えなければならない。だが、信用できる女はそなただけなんだ。というわけで、私の妻に――后に、なってくれないだろうか」 (む、むちゃくちゃだ……)  詩音も先ほどの髭の大臣と同様、こめかみを押さえた。 ――要は、とりあえずその立場を埋めるために都合よく使えそうだから……ってこと、よね?   そりゃこの世界はアウェーなんだから、野心なんてないし助けてもらわないと生きられなそうだけど。  「誰かしら」って、失礼にも程がある。せめて、あの日以来私に惚れて、私のことが忘れられない、とか言ってくれたら、揺らがなくもないのに。自分で言うのもおこがましいけど!   そもそも、あれ以来女全般が怖いって、そんなんで大丈夫なの?この皇帝陛下。  彼に向けて言いたい文句は次から次へと溢れ出てきたが、口には出さずに頭を押さえてなんとか堪える。 (もうちょっと、私のことも気分良く丸め込んでくれたらいいのに)   等と、叶わないことをつい願ってしまう詩音だった。
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