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失望と混乱
詩音が呆れた目で遥星を眺めていると、それに気付いているのかいないのか定かではないが、うるうると仔犬のような目でこちらを見つめてくる。
詩音は軽い溜息をついてから、それに答える。
「それって、そもそも私に拒否権って、ないですよね。もう、大臣も動き出しちゃいましたものね」
「え、えへ? 怒ってる? どうか、私を助けると思って! 頼む、形だけでいいから!」
(なんなの、この展開…)
詩音も、相手が皇帝だと知りつつも、この一連の流れでついついぞんざいな喋り方で言葉を返してをしてしまう。
しかし、遥星はそんな態度を取られていることを気にも止めず、泣き落としのような真似をしてくる。
詩音は、さっきから押さえっぱなしのこめかみを、さらに強く押して考えた。
――そもそも。こんな人だったのかっていうショックが大きくて。
もうちょっとスマートな感じの人だと思ってたのに。
さっき私がドキッとしちゃったの、取り消していいですかね?
確かに彼の言う通り、あの場で彼がかばってくれなければ、不審者として捕らえられていたのはほぼ確実だろう。
それに、この世界で過ごすには、この「お願い」を拒否してしまったら、自分に居場所なんてないだろうことは容易に想像がつく。
不安要素は多いけど、ここにいる限り、一番偉い人であるこの人の傍にいれば、何かに不自由したりすることはない。はず。
「……わかりました。あなたのつ、妻、に、なります」
妻、という言葉に気後れを感じ、詩音は少しどもりながら答えた。
詩音がそう発すると、今にも泣きそうな目で懇願していた遥星の顔が、ぱぁっと明るくなった。周囲にキラキラが飛んでそうな、そんな感じの表情だった。
「本当か、詩音! ありがとう、ありがとう!」
遥星は詩音の両手を外側から包み込み、ブンブンと上下に振った。
――ま、どーせ夢か妄想かなわけだし。
我ながら随分あっさりと「妻になる」とか言ってしまったと思った。
同時に、同僚の言葉がこだまする。
『結婚までの道のりって遠いなーって思う。つかめんどくさい。どっかから条件ピッタシで私だけを愛してくれる金持ちイケメン、降ってこないかな』
道のりもなにも、すべてをすっ飛ばしてしまったようです。金持ちっていうか皇帝だしイケメンだけど、降ってきたのは私の方。
でも、愛なんて概念すらなさげ。いいのか、これ?
生まれて初めてされたプロポーズが、こんなんなんて、残念すぎる。
ま、現実でだって、待っててもされる予定はさっぱりなんですけどね。
あれかな、結婚の予定がなさすぎるあまり、「手っ取り早く結婚させてやろ、しかも玉の輿」とかの神の悪戯的な感じで、そういう夢を見させられてるのかも。
詩音が頭の中でぐるぐると考えていたところに、突然頬に触れられる感触があった。
ずっと手を握っていたためか、若干汗をかいた掌がしっとりと肌に張り付く。
!?
「そんな顔を、するのだな」
言っていることがよくわからず、彼の方を見上げる。
「初めて会った日も、さっきまでも、ずっと表情が硬いままだった。だが、今、困ったように顔をくるくるさせてただろう。人間らしくて、可愛い」
(かわっ……!?)
そんなこと何年も言われていない詩音は、頬が一気に熱を帯びたのを感じた。
「はは、赤くなった」
(は!?)
もうパニックだ。
さっきまで呆れていた相手に、何故か翻弄される。
迂闊だったか。
これから一体どうなるのか。
痛いほどに早く打ち付ける心臓を、ぎゅっと押さえた。
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