すばる

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すばる

 天気予報を見ると、東京は終日雨という予報だった。  詩音の持っている現金は一万円のみ。  パスポートも期限切れ。  観念して会社に行くことにした。  駅で久しぶりに切符というものを買って向かう道すがら、現実的なことを色々と考える。  会社の人たちに、無断欠勤の理由をなんて説明しよう。  社員証がないからゲートを通れない。総合受付に言えば通して貰えるだろうか。  夜になったらすぐにでも星が見える場所へ行きたいが、どこへ向かうべきか。  あれこれ思案しているうちに、あっという間に会社に着いてしまった。  シミュレーション通り、来客用の受付から秘書室の室長を呼び出してもらい、臨時入館証を発行してもらい無事会社に入ることは出来た。 「室長、この度は二日間の無断欠勤、大変申し訳ございませんでした。火曜日の出勤途中に倒れてしまって、一晩入院してたんです。その時に鞄も紛失してしまったみたいで、連絡できずご迷惑をおかけしました」 「橘さんが体調が悪そうだということは聞いていたからね。欠勤のことは仕方ないとして、精密検査でも受けた方がいいんじゃないか?」 「はい、その方向で考えています」  なんとなくそれっぽいことを言ってみるも、特に疑われる様子はなかった。 「詩音、ちょっと本当に大丈夫なのお!?」 「心配かけてごめん、改めて病院行ってみるよ。あ、例の彼とはその後どう?」 「え? いやまだ週末になってないし、どうも何も……」  そうか、月曜日に会話してから、まだ3日しか経っていないのか、とこの時思い知らされた。  詩音の過ごした約二カ月は、今までの人生で一番と言える程濃い期間だったというのに。  結婚して、殺人未遂されて、恋をして、殺人未遂されて。 (って、なんだそりゃ。セルフツッコミせざるを得ない) 「ご、ごめん。点滴したらボケちゃったみたい? あはは、やばいね」 「……笑えないって、それぇ」  お昼前には社長に昼食に連れ出された。  ビルの最上階にある、ゆったり目のレストラン。  今日何回目になるかわからない謝罪をし、会話を始める。  しかし、社長の反応は他の人とは違った。 「君を疑っているとかではないんだが、本当に体調不良なのかい?」 「えっ」 「いやその、随分と顔つきが変わったなと思ってね。病人ぽくない、というか。今までの君は迷いがありそうだったけど、しっかりしたというか、ふっきれたような。何かあったのかなと」   さすがというべきか。  自分では顔つきなんてわからないが、見る人が見れば何か違うのだろうか。  詩音が回答に迷っていると、社長は話題を変えた。 「あぁ、君を責めるつもりじゃないから、気にしないでくれ。ところで、その、セクハラになったら申し訳ないんだが、橘君が今身に着けているネックレスは、"六連星(むつらぼし)"かな?」 「これですか? えっと、どうでしたっけ」  毎日着けていた、ホワイトゴールドのネックレスを手に取る。 「違ったかな。石が六個あるから、てっきりうちの社名にちなんだものかと思ったんだが」 「え、どういうことですか」 「社名の由来は忘れてしまった? 新入社員研修でやったろう」 (覚えてるような覚えてないような……) 「六耀って、大安とか仏滅のあれじゃないんでしたっけ」 「曜日の曜ならそうなんだけど、耀(かがやく)くという文字だよ。普段あまり意識しないかな」 「わぁ、も、申し訳ございません!!」  今まで秘書の仕事が〝できない〟と感じたことはなかったはずだが、むしろよく今まで務まったものだ、と詩音は思った。確かに自ら社名の説明をする機会なんてなかったが、それにしても社長秘書のくせに自社名の意味を間違えて覚えているなんて、なんともあるまじき行為だ。 「"六つの耀き"で六耀――六連星をイメージして名付けたそうだ。六連星とはその名の通り6つの星の集まりで、農業ではその星の出る時期を種まきの目安にしたことから、豊作を祈る意味があるそうだよ」 「すっかり忘れてました……すみません」 「ま、普段はそんな話しないからね。あ、あとその星は、別名で確か――(すばる)、ともいうな」 ――――すばる。  それって。 ――――(すばる)。  あの、国の名前。  思い出した。  昴は、農耕の星でもあるし、航海の目印の星でもある。  "進むべき道を示してくれる"――とかそんな謳い文句に惹かれて、このネックレスを買ったんだった。  それに、"6つの星の集まり"って、私が見た――… 「社長.....私、進むべき道を、見つけてしまいました」 「そうか、それは何よりだね」  午後からは、詩音は業務の合間にひたすら引継ぎの情報をまとめた。今までテキストに起こしていなかった社長や取引先に関する定性データなどを、次々と文書に起こしていった。  休んでいた2日間の仕事は他の人が滞りなく進めてくれていたらしい。  今までだったら、自分の居場所がなくなると怯えていたかもしれない。だが今の詩音にとっては、心置き無く去ることができると、逆に安心感を憶えた。  引継ぎファイルは、秘書室専用の共有フォルダにアップロードしてきた。  これで何かあっても、誰かが見つけてくれるだろう。  定時になるとすぐに、最寄りの新幹線の駅へ向かった。  先程会社のPCから天気予報を見て、今日は風が西から吹いていることを確認済だ。とにかく西へ行こうと、一駅分の切符を買って自由席で西へ向かう。  早く、早く、早く。  早く、星の見える(ところ)へ。    詩音は新幹線の中から、ひたすら外を眺めていた。
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