結婚は墓場

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結婚は墓場

 話を聞かせて欲しいと言われた遥星は、静かに微笑み、頷いた。  遥星は滑らかな手つきで三杯目のお茶をそっと、詩音と遥星のそれぞれの茶器に注ぐ。この人は偉い人だというのに、(少し打ち解けたとはいえ)不審者であるはずの詩音に先に注いでくれることを、不思議に思った。 (立場的には、私が入れた方がいいんだろうけど……日本茶じゃなさそうだし、淹れ方わからないしな)  詩音がもどかしく感じていることなど気にも留めず、新しく淹れたお茶に口をつけてからゆったりと話し始めた。 「ちょっとぬるくなってしまったな。私は、この(ぼう)国の、立場的には皇帝になる。といっても、私が統一したわけではなく、父が作った国をその亡き後引き継いだに過ぎないがな。そして、即位してまだ1年も経っていないから、まだ色々勉強中だ」  この人がおっとりした感じなのは、先帝の息子だからというのは、納得がいった。  まだ若く一代で何かを築き上げたようなタイプではなさそうで、公家っぽい印象を受けたのは、性格と育ちと、どちらも影響しているのかもしれない。  遥星は続けた。 「先ほど、詩音が現れた時の状況を説明しようか。従者の一人が、“輿入れのその日に暗殺とは”と言ったのは聞いていたか」  詩音は神妙に、はい、と頷く。 「今日、初めての妃となる予定だった者をこの宮殿へ迎え入れた。  だが、この部屋へ入ってきたあの女は、懐から小刀を抜いて私を殺そうとした。刃が光って見えたまさにその時、そなたが突然女の上に振ってきたのじゃ。そなたのお陰で命拾いした、礼を言う」  あの時の、ぶつかった感触が背中に蘇る。  その“女”がどんな人間であれ、そして偶然とはいえ、自分が殺してしまったという事実が、重くのしかかってくる。  この人は、“目の前で人が死ぬ”ということそのものについて、なんら気にしていなさそうな様子だ。  詩音は、今まで生きてきて人が突然死ぬ瞬間なんて当然見たことはなかったし、ましてや偶発的とはいえ自分がそれに加担してしまうなど、想像すらしたことがなかった。  そのことが、やはり生きている世界が違うのだ、と示しているようだった。  そして、詩音は先ほどから抱いていた違和感を口にした。 「あの……ご結婚されるはずだったということですけど、あの女性の名前などはご存知ないのですか? さっきから、“女”という呼び方をされているのが少し気になりまして」 「興味ないし、名など呼ぶに値しない。姓だけなら確か聞いたような気はするが、今となっては必要ない情報だろう」  遥星はきっぱりと言い切った。おっとりしているとは感じていたけれど、こういうところはドライで厳しいらしかった。  それから遥星は、その"女"は今日が初対面であったこと、臣下の一人からの強い勧めがあって縁談をもった貴族の娘らしかったが、自分の意思とは関係なく周囲に勝手に進められたことだったと話した。 (そうか、そもそも、恋愛と地続きの結婚じゃないんだ。相手のことすらよく知らない、それが当たり前の世界もあるってことなんだよね)  自分の時代や立場と比べるのもおこがましい気もするが、ああでもないこうでもないと結婚相手を選り好みして、結局相手は見つかっていない自分を鑑みる。 ――彼は、国のために結婚することになって、殺されかけた。   あれ? 私は、なんであんなに結婚したかったんだっけ。   仕事から逃げたいから? 愛されたいから? 居場所が欲しいから?    仕事も、愛も、居場所も、彼とっては結婚とはどれも結びつかなそうな話だ。自分が結婚したらそれらが手に入ると思い込んでいたなんて、とんだ幻想にすぎなかったのだと、詩音はこの時感じた。
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