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茂夫は頭で追いついていないながらも、必死で口を動かした。
「そ、その人たちに、何かお礼したのか?」
「したさ。ちゃんと事前に『ありがとう』って言ってある」
「事前?お礼は何かしてもらったらするものだろ。事後に何もしてないのか?」
茂夫は少し考えた。
「・・・・・・してない」
目の前で聞かされていることが、あまりにも現実からかけ離れていた。
何か、と思ったが気の利いた台詞など到底出てきやしない。
「うーんと、えーと、やっぱりさ、この世の理はさ、等価交換なわけで」
考えて、考えて喋っているもんだから、たじたじになってしまう。
「『ありがとう』って本来なら何か支払ったり、物をあげたりするところを、気持ちで済ますって言ったら失礼だけど、まあ気持ちをあげるわけじゃん」
隆夫は、目の焦点が合っていないので分かり難いが、話は聞いているようだった。
「お金払った上で『ありがとう』ってのはよくあるけど、今回のケースはお金も払わずに『ありがとう』だけのパワープレイだろ」
隆夫は僅かに頷いた。
「お金の代わりに、気持ちを払ってる感じになってるから、そりゃどんどん心が疲弊していくんじゃないか?」
ここで初めて、隆夫と茂夫の目があった。
「気持ち・・・・・・」
「そう、気持ち」
「ピンポーン」
咄嗟に同時に玄関に顔を向けた。
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