妖怪退治

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 本日のお昼頃、一年ぶりに参勤交代より戻られた殿様は、奥御殿にある御寝間にてご休養あそばされておった。と言うのも、江戸-阿波間の道中にお疲れが出たらしく、お熱などを召されてしもうたからだ。 「なんでも江戸では、風邪っぴきのときの民間療法として、ネギの活用が盛んであるらしいの」  殿様がなんとはなしにそう口にしたそばから、賄い所より大量のネギが殿様の御寝間へと運び込まれた。  枕元に積み上げられた山のようなネギから発せられる臭いに目をしばたたかせながら、殿様はご自身の軽率を反省なされた。  参勤交代の疲労にことかけて、つい失念しておった。多くを語ってはならぬ。賞賛も叱責も、殿様が声に出すそばから命令となるのである。  ネギのことも、単にちょっと江戸で聞き齧っただけの知識である。どのように活用すればよいのかも知らぬ。  さりとて今更、持たせたネギを「引き取れ」もない。そんなことを殿様が言い出せば、たちまち不手際としてネギを用意した者の首が飛ぶやもしれぬ。  はて、どうしたものか。  人払いを済ませた御寝間にて一人、殿様はネギをお手に、布団の上に立ったり座ったりを繰り返された。  その度に、つぶらなお目めをこすられる。ネギの臭気に、涙が次から次へと溢れた。  呆然としておった矢先、襖の向こうに人影が揺れた。 「殿、大阪城からの使者一行が参られました」  家老の藍右衛門だ。そういえばそのように聞いていた。よりによってこんな日に来ずとも……  殿様はほうっ、とため息を吐いた。  会いとうない。できるなら寝ておりたい。今は賑やかな政治の場より、ネギまみれのこの部屋の方が、よほど余に合うておる。  しかし、大阪は徳川将軍直属の譜代大名(ふだいだいみょう)である。将軍の使者とあらば、外様大名である阿波藩は受け入れるより他に道はない。 「苦しゅうない」 「御意」  長年苦楽を共にしておる家老は、殿様のその一言でさっと立ち上がった。くるりと踵を返し、しきたり通りのすり足で廊下を去った。
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