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1.売れない芸人
春一番が吹き荒れた日、あいつが突然やって来た。
「頼む! しばらくここに置いてくれ!」
「は?」
フローリングの床に正座し、尊が顔の前で両手を合わせた。
「バイトクビになっちゃってさ。家賃払えなくて追い出されたんだよ。バイトと部屋が決まるまで居候させてくれ!」
「マジかよ……」
尊は高校の同級生、お互い今年で28。
普通の28ならとっくに就職して、結婚して子供がいるやつだっている。少なくとも部屋は追い出されたりしない。
なんて、普通と比較するだけ無駄だ。尊は一般人とは違う『芸人』なんだから。
「俺のヒモになりたいって?」
「そう! お願いしますご主人様!」
それじゃヒモどころかペットじゃねえか。
「彼女は?」
「今いないし、女の子は気使うんだよ。大輔なら気心知れまくってるだろ。あ、もちろん俺のことも全然気使わなくていいから。この辺で雑魚寝させてもらえりゃ十分」
頭を抱えるべきか、溜め息をつくべきか。
でも尊が勝手なのは今に始まったことじゃない。言い出したら聞かないことも、よく知ってる。
「ベッドは貸さないからな」
「ありがと大輔! さすが俺の元相方!」
俺と尊は高校時代、お互いの苗字をくっつけただけの『戸塚宮藤』というコンビを組んでた。
といっても、文化祭で何度か漫才をしただけの芸人のマネごと。
でも尊は本当に芸人になった。売れてないけど。
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