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次の日、遅刻しているのを自覚しながらジュンヤは目覚めた。あの後、藤川マーベランスと結構飲んだ気がしているが、よく覚えていない。二人でステージの上で肩を組んで歌ったような気がするのは夢であってほしいと願った。
ひどい頭痛。飲み過ぎたのは事実だろう。
喉もガラガラに焼けていて店長に電話すると、酷く心配されて休みをもらえた。
廊下に出ると、防音室のドアが開けっぱなしになっていた。何の抵抗もなくそこを覗くと、水彩絵画が一枚寝かされているだけで、エマの痕跡は跡形もなく消えていた。
昨日、ジュンヤがここを開けようとした際には完成していたのか。はたまた、今朝起きて完成させてから彼女は出て行ったのだろうか。どちらにしろ、その作品は、数日で書いたものにしては、出来が良く。寧ろ、信じられないほどであった。
彼女に才能がないなんて。そんなわけがない。
何処かエマに似ている白いワンピースの少女が柵の上に腰かけて、歌を口ずさんでいた。彼女がいる田舎町は、まさしく藤原マーベランスが歌っていた詩に出てくる異国の情景。
――そして、夜だった。
静かな夜。真っ白な少女が大きな満月、満天の星空の下で夜光を浴びて楽しそうに歌っているのだ。
ジュンヤはしばらくその絵に見とれていた。
そして、気合を入れるように頬を叩き、額縁と質のいいスーツを買いに外に出たのであった。
あんな別れだったからだろうか。それとも、あの絵の女性がエマに似通っていたからだろうか。ジュンヤは閉じきった防音室を見ると、まだあの中でエマが絵を書いているような錯覚に陥る。
彼女は何処にいるのだろうか。この世界にいるのだろうか。絵の世界に行ってしまったのだろうか。どちらにせよ照らさなければならない。今この世界では、歌声は何処までも届くのだ。それはまさしく太陽の光のように。
ジュンヤが投稿した歌の動画は嘘のように拡散していった。十本、ニ十本と彼は歌を届けた。その動画は彼の家にある防音室でとられており、画面に映る部分に不思議な絵画が飾られていた。彼は後にその絵画について聞かれた際に、こう答えた。
「うちには『月の女神』がいるのさ」
誰もがその絵画のタイトルだと感違った。
ただ今はその少女の天井に朝日が昇る日をジュンヤは待ち続けて歌うのだった。
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