科学が侵食してこようとファンタジーは滅びず!

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 昔々ある時に突如として科学がこの世に生まれた。  その当時のファンタジー界の住人達はさほど脅威を感じることもなく、それどころか人間と一緒になって物珍しく楽しんでいた。 「人間が何か面白いことを始めたぞ」 「魔法使いになるつもりかな?」  しかし、科学はあっという間にファンタジー界を浸食し始めたのだ。  科学は鉄を走らせ鉄を空に飛ばした。そして、エルフや魔法使いのように遠くにいる人間と会話すら出来るようにしてしまった。あれよあれよと幅を利かしていく科学を人間はもてはやし、ファンタジー界の者達はやっと恐ろしいことに気付いたのだった・・・。  人間が不思議なことを神秘的に感じなくなり、不思議さに心弾ませる事が減っていくとヤバい事になるという関連性を彼等は知った。 「科学的じゃない」  人間がそう言う度に、住人がひとりまたひとりと消えていく。 「それは科学的じゃない」  ブワッ!  側に立つドワーフのひとりが蒸発するように消えた。 「嘘だ・・・そんな・・・」  狼狽する仲間のドワーフは一目散に長老の元へ走った。ドワーフの長がエルフの元に着く頃には妖精もゴーレムや他の種族も集まってきていた。  人間達がファンタジーな現象を切り捨てるとファンタジー界の住人が消える! それはファンタジー界に強い衝撃を与えた。  そして、対抗すべく奮闘を始めた。  人間界の直ぐ近くのファンタジー世界にあるコビトの小屋に何人かが顔をつきあわせて集まっていた。 「どうだエルフィー、今日の成果は」  エルフの少女は笑顔を見せたが表情は冴えなかった。 「二重の虹を作って見せたら人間達喜んで写真撮ったりしてた」 「そりゃ良かったな」  コビトの親父が笑顔を返したがエルフィーは首を振る。 「あっと言う間よ・・・。写真を撮り終わったらあっと言う間に関心が薄れて、もう誰も見向きもしないの」  彼女の言葉にコビトの親父も落胆する。 「昔はこうじゃなかった。虹が出たらみんな目を輝かせて長い間、心を奪われたように眺めていたのに・・・」  唇を噛んで俯くエルフィーの肩に親父はそっと手を置いて慰めるしかできなかった。  ゴーレムが不思議な造形の岩場を作っても賑わいはするがそれほど心弾ませて喜ぶ者はなく、コビトが草を結んで人を引っかけて転ばしても「誰かの悪いいたずらだ」だけで終わってしまう。 「草を結ぶなんてコビトの仕業に決まってるだろ、なのにコビトのコの字も口にする奴がいない!」  コビト達が駄々をこねるように足をバタつかせて怒る。 「コビトの仕業だな」  思い出してもらえる、ただそれだけで彼等の命の火が強く輝く。それなのに人間は頭の隅にも浮かべてさえくれない。  水の波紋を不思議な造形にしてみたり、氷柱をミノタウロスの様な形にしハート型のピーマンや抱き合う形の人参を作ったりした。しかし、どれも喜ばれるのは一瞬。 「もう少し長く不思議がってくれたらなぁ・・・」 「わくわくする気持ちを長く持っててくれるだけでいいのに」  その場の皆がそれぞれ希望を口にする。人が不思議がり喜び楽しんでいるその間に人の心に種を植えられる。それだけが彼等の希望だった。 「でも、育たない」 「どうして人間達は不思議をわくわく楽しむ心が小さくなったんだ?」  一日に何度も心を弾ませる事、それはファンタジーの種を育てる。 「喜びもワクワクもあっと言う間に消える。刺激が多すぎて心が乱れるせいだ」  ミノタウロスが大きくため息をついた。  人間達は小さな薄い四角い物を見つめて喜んでいる。  スマートフォンが見せる小さい世界に心を奪われ人間は楽しそうに笑っているが、それはファンタジーではない。それを見て楽しんでも笑ってもワクワクしてもファンタジー世界と繋がる物は数少ない。  暗い面もちで皆が俯きがちに座っているところへ妖精のピッピが窓を潜って戻ってきた。 「はぁ・・・ここも暗い顔ね」  エルフィーが彼女に顔を向ける。 「何? 他の集まりにも顔を出してきたの?」 「人間界から戻ったばかりよ」  ふわふわと空中に浮きながら、ピッピは両手を腰に当てて呆れた顔をした。みんなが気落ちしているのを見て、そんなことでどうするのだ・・・とピッピは腹が立っていた。 「人間界もファンタジー界もみんな暗い顔の人間ばっかりッ」  ピッピは両手の拳をふりふり、彼女より何倍も大きな面々を叱るように大声でそう言った。 「人間達は・・・何で暗い顔してるの?」  聞く気などなさそうな顔でエルフィーが言う。 「風邪よ。新しい風邪が蔓延してて慌てふためいてるわ」 「ああ、風邪ね。俺も知ってる」  浮かない顔のままコビトの少年が言った。 「風邪の奴らは気楽で良いよな」 「なぜ?」  コビトの親父の言葉に少年が聞き返す。 「風邪は人間の体に入り込んで人間の体を利用して増えて広がって、そして次々と人間に感染していくんだ」 「人間の中で増えるの!?」  初めて聞くことに少年は驚きわくわくとした顔で親父を見上げた。 「ファンタジーの種も人間の中で増えたらいいのにね」  屈託のない少年の笑顔に、コビトの親父が彼の頭を撫でる。 「それよ!!」  耳をつんざくような甲高い声を張り上げてピッピが叫んだ。 「うわっ! 何、何がそれなの?」 「増やすのよ!」 「何を」 「ファンタジーの種をよ!」  喜々として小屋の中を飛び回るピッピに皆が目を丸くする。 「種を育てるのも難しいのに、増やすだなんて・・・」  喜ぶ彼女に対して他の者達は懐疑的。 「どうやって増やすのかプランはあるの?」  半分呆れながらエルフィーが問う。 「どう・・・やって、て・・・」  ピッピの動きが鈍くなり、やがてシュンと空中で止まったまま動かなくなった。その時、黙っていたドワーフのひとりが口を開いた。 「それ、いいかも。僕ひとつ案がある」 「何?」 「皆は物書きって知ってる?」 「物語を書いてる人でしょ?」  エルフィーの答えに「そう!」とドワーフが強く頷いた。 「その中にファンタジーを書くのが好きな人間がいるんだ。僕たちの事に詳しくて、彼等は僕らのことを考えながら何時間も物語を綴るんだ」  ピッピとエルフィー、そしてミノタウロスの目が見開かれ瞳が輝く。 「それなら私達が頑張って不思議な現象を作らなくても種が育つわ!」  エルフィーが声を弾ませた。 「それにね、彼等は1人で幾つものファンタジーな物語を作って人に読んでもらったりしてるんだよ」  ますますエルフィーの目が輝きピッピの羽から魔法の粉が沢山あふれ出す。 「ファンタジー好きでファンタジーな物語を書いてる物書きを捜すんだ」 「そして種を蒔く!」  その場の皆の目がドワーフに注がれて、彼等の声がそろう。 「彼等は心の中で種を育て増やして沢山の人にファンタジーの物語を届ける!!!」  もうそれ以上説明も指示もいらなかった。それこそ蜘蛛の子を散らすように人間界へファンタジー好きの物書き探しを始める。  エルフィーは他のエルフへこの計画伝え、ファンタジー世界に伝播していった。 「うー・・・ん、これからどう話を展開したらいいんだ?」  スマートフォンを片手に人間の少年が難しい顔で見つめている。その肩にそっと腰を下ろしてピッピが画面をのぞき込んだ。 「あぁ、異世界ファンタジーを書いてるのね」  ちょうど主人公の目の前に妖精が現れた場面が書かれているのを見て、ピッピはくすりと笑った。 「私が手助けしてあげる」  少年の肩から飛び上がりピッピは彼の頭の上をクルクルと飛び回った。彼女の羽からキラキラ光る粉が舞って少年に降りかかっていく。  両手をあげて少年が大あくびをした時、ピッピはすかさずファンタジーの種を口に放り込んだ。ファンタジーの種は不思議に飲んだ感触もなく、少年は何事もなかったようにまた画面へ目を向けた。 「うぉ! なんか閃いてきたぞ!」  今までの浮かない顔が嘘のように、喜々として指を動かす。活発になった指がどんどん文章が紡いでいく。ピッピは満足げに彼を見つめ頬に優しくキスをした。  彼の物語の中で妖精の少女が冒険の手助けをし、主人公にエルフの仲間を作って不思議な冒険が繰り広げられていく。 「頑張ってね、また来るから。物語を沢山の人に届けてね」  ファンタジー界の住人総出で物書きを探し種を植えていく。物書き達のわくわくと輝く心が種を育て、物語に種が付いて人から人へと拡散されていった。 「見て! 私達、絶対に滅びたりしない」 「ファンタジー好きの物書き達が私達の世界を甦らせてくれる!」  涙するファンタジー界の住人達の目に、楽しそうに空想に(ふけ)って書く物書きと楽しそうに読んでいる人々が見えていた。  皆、一様に心弾ませ目を輝かせている。  彼等の放つファンタジー愛が輝く虹となってファンタジー界へ渡ってくる光景は、のちのちこの世界で語り継がれる伝説となるのだった。  ファンタジー世界の中心に、机に向かう古典的なポーズの物書き像が置かれた。その足元に刻まれた言葉は・・・。 「ファンタジーは滅ばず。ファンタジー好き物書き達に栄光あれ!」  という一文だった。
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