百合は走っていた

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百合は走っていた

 「ハッ、ハッ……ハッ……ハッ」 百合は走っていた。 一切振り向かず、ただただ必死に走っていた。 いつもは3人で夕日を眺める歩道橋も勢い良く駆け上がり、一直線に走って、駆け降りた。 何かに怯えたように顔を強張らせたまま、逃げるようにひたすら走り続けた。  「ハッ、ハッ……アハッ、ゲホゲホッ!」 息を切らし、眩暈が起きたからか、百合は路地裏に隠れる。 顔を上に向け、1度浅く呼吸をしてから深呼吸をる。 胸を押さえながら壁に寄り掛かかり、なかなか治まらない動機に溜め息を吐く。 「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ」 聞こえるのは百合の息だけ。 「さすがに、ここまでくれば……大丈夫よね」 恐る恐る壁からひっそりと百合が来た方向を見ると、誰の気配も姿もなかったから、今度はホッと安堵を漏らした。  「見つけた」 百合はビクッと身体を揺らし、声が聞こえた前方を見ると、ニコリと微笑みを浮かべる青年がいた。 黄金色の髪に二重でつり目の瞳、鼻筋がスキッと通り、下唇が厚い口……普通なら話しかけられれば嬉しいくらいのイケメンなのだが。 一重のくりくりした瞳は見開き、薄い唇は軽く開いて、火照っていた顔は青白くなり、わなわなと震え出す百合。 「もう、どこ行ってたん~めっちゃ探し回ってやんかぁ」 彼は気にせずに右手で百合の左頬を撫でた後、手を滑らせて顎を強く掴んで上げた。 ウッと苦しそうに呻く百合を見て、嬉しそうに妖しく微笑んで応える彼。 「キング……もうやめて」 百合は震える声を抑えようと口を大きく開けて、ハッキリと強めに言った。 すると、彼……キングは真顔になり、百合の細くて綺麗な顔を3往復、強くビンタをした。 「俺様の愛情を忘れたのか!!」 痛さに悶える百合の肩を掴み、路地の奥へと投げた。 「ウッ、ウッ……エホエホエホ!!」 頬は真っ赤に染まり、咽んで血痰を吐いた百合は力なく倒れる。 「もう逃がさへん……」 キングはゆらりゆらりと百合に近づいていき、百合の両肩を無理矢理掴んで、自分の方を向かせる。 「戻ろう……僕らだけの美しい世界に」 キングは百合を壁に乗り掛からせ、ポケットから水色のピルケースを取り出した。 「新しいクスリにしたんだよ? リリィのために」 筋弛緩に鎮静に……催淫作用は強めに、なんてキングは語りながらピルケースを振るが、百合は虚ろな瞳で遠くを見るだけ。 「僕、優しいから飲ませてあげるね」 百合の目の前で白い錠剤を摘まみ上げ、口角を右に大きく上げるキング。 百合はイヤとだけ呟く。 「ねぇ、リリィ……帰ろう」 キングは摘まんだ錠剤を下唇で咥えた。 「イヤ……イヤ、イヤ、イッ!」 怯える百合の頭を無理矢理掴んだキングは唇を重ねた。  クチュクチュ 気持ち良さそうに大人のキスをするキング。 ンッ、ンッンッ! 身体を硬直させる百合。 2分ほど、攻防戦を繰り広げる2人。  ゴクン……パサッ 息苦しさで負けた百合は飲み込んだ後、キングに覆い被さる。 「おかえり、リリィ……愛してるよ」 甘く囁き、愛おしそうに微笑んで抱きしめるキング。 百合は左の瞳から静かに一筋の涙を流した。
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