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ーーーなんだか、とても身体がだるい。 子どもの時から低血圧で、朝は割と苦手だった。 それでも20代の頃はまぁ、若さと気合で何とかなったものだ。 いやーもうわたしも32歳。世間でいうところの、立派なアラサー独身女。 体のあちこちが軋んで……本当に仕方ないこととはいえ、歳は取るもんじゃないなぁ……。 「……様っ! ーーーアリス様! アリステラ様っ!」 間近で聞こえた誰かの声に、ゆっくりと重い瞼を開ける。 なんで一人暮らしなのに、人がいるんだ? その瞬間。 目が覚める前に起きた出来事が、唐突に頭に蘇る。 ……わたし、車に跳ねられたんだった! それもただの事故じゃなくて。タチの悪い悪霊だか、地縛霊だかに殺されそうになって! ガバリと勢いよくベッドから身を起こす。 反動で、左横に突っ伏していた誰かがギョッと身体を強張らせたのに気づいた。 「…………あれ?」 「あーーーアリス、様」 「え? 何。ーーーえっと、どちら様? てか……ここはどこ?」 あまりにフカフカで広過ぎるベッド。おそらくクイーンサイズはあるだろう。 肌触りの良く温かい上掛けは、上質の布地に包まれていた。羽布団の柄にしても少し派手過ぎる、花柄の刺繍。シルクじゃないの? 首を曲げて上を見上げると、これまた少女マンガの世界に出てきそうな天蓋付き。 部屋は広く、以前国立西洋美術館で観た油絵のような美しい調度品に溢れていた。 壺。壁の絵画。天井に吊るされた明かりは、豪奢に煌めくシャンデリア。 大きな窓はレースのカーテンに覆われ、風通しの為だろうか少しだけ開いている。 いや、コロナだしな……でもこんな季節に個人の家でまで換気しなくても。 吹き込む風は冷たくない。今って3月じゃなかった? 契約先のお客様の保険は、来月4月から発効するコースだったと思い出す。 交通事故に遭ったばかりなのに、この職業病。 「アリス様……よかった。お目覚めになられたのですね」 「ーーー失礼ですが、どちら様でしょうか? 病院にしてはやけに豪華ですけど、今すぐでも個室に移りたいです。個室費とか払えないんで!」 派遣時代が長くて、貯金はまだ少ない。 早く家族か担当医を呼んでくれ。 「大変申し訳ありませんでした! アリス様のお命を脅かす意図など、あの子にはなかったのです」 何を言ってるんだろう、この人は。 話が噛み合わない。てか、慌てててこっちの話を聞いてない。 「何卒お許しを! どうか息子の命だけは!!」 「は?」 目が覚めた途端、ベッド側で泣いていた女性。 その表情はまずわたしの覚醒に気づき、それから驚愕へと変わり、あっという間に恐怖の感情へと目まぐるしく入れ替わっていった。 目の前にいた女性ーーーゲームによくある、中世ヨーロッパ風みたいな世界観のメイド服を着た人。 歳の頃なら、わたしの母より一回り若いくらい? アラフォーってとこだろうか。 つまりわたしより一回り上くらい。わたしの会社のメイン顧客層みたいに見える。 「あの。まさかここ、向かおうとしていたお客様の邸宅だったりしますか?」 たまたま近くにいて、運び込まれたとか? アポ先のお宅だとしたらやばい。しんだ。会社からなんて言われるだろう。 せっかく今月もトップの営業成績を維持できそうだったのに! そんなことを考えている間に、くすんだ茶髪に整った顔立ちの女性はベッドから降り。 よりによって、床に伏せてガバリと頭を擦り付けた。 何故に突然のジャパニーズ土下座? 「大変申し訳ありませんでした、アリステラ・リデル・カインドリーお嬢様! どうか、どうか、息子の処刑だけは、お許しくださいませ! お願いです、何卒! ご慈悲を……!」 しょけい? 処刑って言ったか、この人。 え? わたしはこの人……言葉通りに取れば、この人の息子さん? を、処刑するの?? 一介の、保険営業の女が??? 「はぁ〜〜〜ッッッ?!!」
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